第1話「5年後への手向け」
「...…や………て……。」
何か聞こえる。
「……たし……が……、よう………なっ…よ…。」
はっと目が覚める。急に上半身を持ち上げたせいで鼓動が小刻みに、不正確に刻まれる。少し過呼吸になりながら、胸に手を当て落ち着かせる。
「今、確かに自分の声が聞こえたような、、、。」
でもいつもとは違う細い声。寂しそうだけど安心感のあるような、自分であって自分ではない声。それに、何か印象的な夢を見ていたはず。周りに知らない人がいて、みんな強張った顔をしていた。自分に何か語りかけていたり、泣きじゃくったような顔をする人がいたり、よくわからなかった。
「あれ、夢思い出せないや。」
次の瞬間には、脳内からその夢の記憶がなくなっていた。その記憶の部分がぽっかり空いたというよりは、そもそもその夢を見てないような感じがして、、、。
夢?
何か夢見たっけ?さっきから何の話をしてるの?まあいいや。
枕元に置いたスマートフォンをつける。7:51と表記されているのを確認して驚いた。今日は珍しく早起きしてしまった。学校に少し早く着くぐらいで何も変わらない日常。でも、そんな平凡な日常が一番幸せであり、未来永劫続く平和の礎となっていく。そう考えると、少し気が楽になって、いつもの柔らかい顔になれる。
いつもより早く起床できたことが少し嬉しくて、ベッドから強引に体を降ろさせる。あまりの気分の良さに、いつも聴いている大好きなアーティスト「FLower’s SCore」のプレイリストを鼻歌に乗せる。ふふん、と陽気になりながらリズミカルに歩き出す。
いつも通り洗面台で顔を洗い、いつも通り顔をタオルで拭く。冷蔵庫から毎朝食べているヨーグルトを取り出す。食器棚からスプーンを取り出し、水洗いをする。ヨーグルトの蓋を開け、さっとスプーンで掬う。朝はこれくらいで済ませないと、胃もたれのような不快感がくる。本当はパンやご飯を食べたいけど、、、。
クローゼットから軽快に制服を取り出す。もう着慣れてしまった制服は、二着とも少しずつ縒れてきた。もう替え時かもしれないな、と思いつつ袖を通す。大雑把にショートの髪を整えて、少し軽めのカバンを提げて玄関に向かう。
ふと本棚の上に飾ってある写真立てが視界に入る。特に意味のない家族写真だけど、意味ありげに見てしまう。
「あ~もう、こんな顔してたら意味ないじゃん!笑顔、笑顔・・・。」
両手で頬をマッサージして、口角を上げる。よしっ、と呟いて今度こそ玄関に向かう。いつものローファーを履いて、コツコツと鳴らして合わせる。行ってきます、と呟いて部屋を後にする。
芦花 美楽。藤鳴第一小中高一貫学校に通う高校2年で、ニューヨーク市アジア圏日本区画で1LDKのアパートに住んでいる普通の女子高校生。両親は多忙のため、中学生の頃から学校まで徒歩5分の位置にあるアパートにて一人暮らしをしている。美楽は両親が何の仕事をしているか知らず、特に気にせず疑問にも思ってない。昔から酷く楽観的で、いじめを受けていた時もあったが、本人は特に気にも留めておらず、担任の先生も心配するほどの無関心ぶりだった。そのこともあり、特に大きなトラブルなどは起きず悩みも特にない。将来のことも具体的な夢を持たず、呑気で気の向くままに今を生きている。これは、そんな彼女が非日常に巻き込まれた物語。
玄関から出たら、まずは深呼吸。アパートの5階から見る景色もそんなに悪くはない。日本区画の中心部のため、各区の境界を仕切る7mの壁が見える。10月の風は心地よい。短い秋を身に感じながら、階段を軽快に降りていく。日本区画は、以前の日本を忠実に再現しているらしく、期間は短いが木々が紅葉するのを観られる。そんな並木道を通る。いつもより少し早い時間だからか、人通りは若干少ない気がした。以前の”東京”と呼ばれていた場所もこんな感じだったのだろうかとふと疑問に思う。日本が移住可能地域として認められたら、逸早く行ってみたい。四季ごっこではなく、本物の四季を感じたい。そして本来の自分たちの”故郷”。何か感慨深いものを感じられる。
そんな、いつもは考えないことに疑問を並べ、普段とは違う街並みに新鮮さを感じながら登校する。これもまた、平凡な日常へと変わっていくのだろう。
ふいと、通り過ぎようとした路地裏から声をかけられた。
「少し…付き合ってくださる…。」
確かにそう聞こえた。透明感のある凛とした声に、思わず立ち止まる。不思議に思いながらも、体は無意識にその路地裏へと入っていく。道草はあまり良くないが、時間に余裕はあるし、少し気になる。路地裏を少しづつ進んで行くが、声の主は一向に現れない。少し怖くなってきたので、もう帰ろうかと歩みを止めた瞬間、またその声が聞こえた。
「初めまして…哀れなお人形さん…。」
斜め上から、か細い声が聞こえてきた。見上げると、そこには自分とそっくりの少女が看板の上に座っていた。違うのは髪色と服装。きれいな白髪のショートボブに、ドレスというには奇抜な形の群青色の衣装を纏っている。心臓にあたる部分には黄色で謎の紋章が刺繍してある。
「だ、誰ですか?」
自分と見た目は瓜二つだが、雰囲気が全く違うし、何か言葉に表せない恐怖のようなものが込み上げてくる。無自覚にカバンを強く抱きかかえていた。
「皮肉にも私と同じシルエット…。これが俗にいう”宿命”ってものかしら…。あなたの意見を聞かせて頂戴… 。」
「あの、質問に答えてくれません!?」
意味のわからない返答をされて少し戸惑う。しかし、少女はまだ続ける。
「あなたとは一心同体であり相反する存在…。不思議よね…”全てを許容するモノ”と…”全てを拒絶するモノ”が…ふふっ…。」
少女は自分の手のひらを舐めるように見て、不適な笑みを零す。それから、こちらに視線を落とし、真剣な眼差しで語り口調を続ける。
「でも、私とあなたの決定的違い…それは…。」
少女が何やら核心を突くようなことを言いは放とうとした時、後方から甲高い鈴の音が鳴り、同時に強い語気の声が飛んでくる。
「おい、民間人を狙うのは聞いてないな。今すぐ去れ。」
この不穏な空気を裂くかのように心強い声が路地裏に響く。振り向くと、そこには薄い黒色のフードを深く被った長身の人が立っており、カツカツと靴音を鳴らしながら歩みを進めてくる。
「あらあら…本職の人が来ちゃった…。じゃあね、お人形さん…。また今度お話ししましょう…。」
物寂しい表情と口調でそう言い放つと、フィンガースナップをした。すると少女の体は足先から微粒子のようなものになって消えていった。情報量の多さに理解が追いついてない間に、長身のフードの人は美楽のすぐそばまで来ていた。遠くから見てもわかる長身だったため、157cmの美楽の横に立つと更に背が高く見える。180cmはあるだろうか。美楽の横に着いたと思ったら何やらよくわからない独り言をぶつぶつと言い出した。
「あぁ、空の刻と対峙した。あいつが民間人に興味を示すとは思わないが……わかった。では頼む。」
独り言を聞いていて、やや低めの声で布越しだったが、女性とはわかった。そう考えていると、フードの人はこちらを見下ろし、さっきとは打って変わって優しい声で訪ねてきた。
「無事だったか?」
さっきまでの声色とのギャップに驚いたが、ちゃんと答える。
「はい!助けてくれてありがとうございます!それでさっきの人と知り合いなんですか?」
「まぁ、そんなところだ。すまないが、今の出来事は忘れてもらう。これからの君に不変な日常があらんことを。」
「え?」
フードの人は長い袖から右手の人差し指を出し、美楽の額に当てると眩い光が放たれる。うっ、とその光に目を瞑る。突然の出来事に恐怖と驚きが入り混じる。徐々に謎の光は収まっていき、やがてふっと消えた。目を開けると路地裏に入る前の場所に戻っていた。周りを見るといつも通りの人の流れ。自動車の往来。まるで何もなかったかのように全てが日常になっていた。さっきまでいたフードの人はいない。”忘れてもらう”と言っていたけれど、確かに記憶の中にはさっきの出来事が”はっきりと記憶されている”。よくわからないが、忘れた方が良いのかと思って、自分の中ではさっきのことを無かったことにした。そして、学校へ向かう。
「2045年、我々人類が過去最大の危機に至った年だ。世界各地で同時に起きた謎の集団による大規模テロ、それによる被害者は数十億人に上るとされる。人類史最大の死者数だ。だがそれだけが原因ではない。立て続けに起こった大地震、森林火災による延焼、未だ解明されていないウイルスの大流行。人間からの争いだけではなく、自然からも牙を剥かれた。誰もが絶望し救いを求め、誰もが人類は絶滅すると諦観した。しかし、国際連合は残された世界各国の軍事力を集結させ、2ヶ月に渡るテロ組織との抗争の末、撲滅に成功した。そして、残された人類を国際連合本部のある此処、ニューヨーク市に移住させた。この時点で総人口は3億人以下。居住区域の拡大や各区域の差別化、ほぼ難民状態の彼らに早急な食料確保と生産を行い…。」
2045年事件について歴史の先生が悠々と語っている。自分たちが本来いるべき場所から脱される原因となった事件。今は平和を体現した社会で生きている自分たちからは最も過酷で遠い出来事。”想像を絶するもの”ほぼその情報に留めている多くの人たちには関係のないようなものかもしれない。実際、美楽自身もあまり関心はなく、今を生きようとする自分の信念とは異なるもの。
ふと快晴の空を眺めて黄昏る。窓際の席の特権。やはり、記憶にこびりついているさっきのことが頭から離れない。あのそっくりな少女が言っていたこと、よく考えてもわからない。あの子は自分のことを全て知っているかのような言い回しをしていた。でも、どう考えても初対面だったはず。いつもならそんなこといいやと忘れてしまうのに、今回の件は何故か気になってしょうがない。”また今度話しましょう”と言っていたから、またどこかで会うのだろうか。でも、会いたいとは思わない。あの時はフードの人が助けてくれたけど、あのままだと命の危険があったような感じがする。そんなことを考えていたら先生からの叱責が。
「芦花くん!聞いているのかね!」
「す、すみません!」
歴史の授業は退屈だ。過去のことにあまり興味が湧かない。ひいては今の自分に関係のないこと。早く終わらないかなと頬杖をした。
やっと昼食時間になり、食堂へ向かおうと席を立つ。
「美楽!一緒に食堂行こう!」
廊下からいつもの明るい声が聞こえる。彼女は、中等部の時に3年間クラスが同じで仲良くなった、久我 日向。今は違うクラスだが、昼食時間になったらすぐに美楽の元に駆けつけて昼食に誘う。今日も日向は相変わらず健気な笑顔をしている。
「うん!今行くー!」
退屈だった授業も終わり、いつもの笑顔を取り戻す。たわい無い話をしながら食堂へと向かう。日向と話していても、やはり今朝のことを考えてしまい、思わずぼーとすることが多くなる。
「今日はなんか少し浮かない顔してるね。なにかあったの?」
流石の日向にも考え事をしているのがバレたのか、心配そうな表情でこちらを覗き込んでくる。
「あー、うん。大丈夫だよ!なんでもない。」
「ほんと?いつもより元気がないと言うか、気力がないと言うか。」
「な、なんでもないよー。」
あのことについて日向を巻き込みたくないため、必死に取り繕う。あのフードの人の感じからすると、口外してはいけない雰囲気だった。これは自分の中だけで飲み込んでおく。
普段通りの昼休みを過ごし、午後の授業も順調に終わった。校門で日向と別れを告げる。帰り際も絶えず今朝のことばかり考える。
自分とそっくりの少女。美楽は両親のことを全く知らないため、もしかしたら隠し子なのか、と想像してみる。看板の上に座っていてよくわからなかったが、おそらく自分と同じ身長だった。髪色が綺麗な白色であることを除けば、双子のように見分けがつかない程似ていた。やはり、自分が知らないだけで実は姉妹なのではないかと考える。それに、あの少女は私よりも私のことを知っている。そう考えていると、今まで疑問を持たなかった両親について気になり出した。小さい頃から、両親共に仕事で帰ってくるのが遅かったり、休日でも用事があると外出したりして、よく祖母の家に預けられていた。中学生から一人暮らしを始めて、今まで何事もなく生きて来た。今でも両親と会うのは年に数回。
深く考え事をしている内に、自分のアパートの前までやってきた。今日のことを整理して、きちんと寝れば明日には忘れる。そう思って歩みを進めようとした矢先。
「また会ったわね…お人形さん…。」
忘れもしない透明感のある独特な声。見なくてもわかる不気味なオーラ。振り向くと、やはりあの少女がいた。ちょうど太陽が落ちていき、影が徐々に街を覆う。その影に沿うように彼女の姿が露わになる。
「お話の…続きをしましょう…。そう、じっくりとね…。」
不穏な雰囲気を醸し出す彼女は、前回と同じく不適な笑みが浮かべている。正面から改めて見ると、自分とそっくりだと再認識する。それに服装が相まって妖しさが溢れている。聞き出すのなら、今しかない。
「あなたは、私のことをどこまで知っているんですか?」
自分が最も疑問に思うこと。それは、この少女の正体。私には見覚えのない少女。
「もちろん全て…。あなたのことは私のこと…。自分のことは知ってて当たり前でしょ…?」
確かに一心同体と発言していた。でもその意図や意味はまるでわからない。
「急に私の前に現れてきて、何か用があるんですか?聞いた感じ、自分のことしか喋ってないですけど。」
「用…?そうね…不要な芽は摘んでおかないと…後々面倒でしょ…?私たちは一心同体であり…相反する異常生命体…。悲愴な物語には…終わりが必要…。」
そういうと彼女は、左腕を持ち上げ、手を大きく開いて美楽に向ける。何か嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「この世に…同じ存在はいらない…。所詮注ぐだけの器は…いらない…。私のような”刻”にもなれない…未熟者…。でも…あなたには”こっち”じゃなくて…”そっち”の方が向いてる見たい…。始末するのは…居た堪れないけどね…。本当のあなたと…一度会いたかったな…。」
今の自分には到底理解できない言葉の羅列。まるで高次元の生物の言葉を聞かされているような。
突然、微量の静電気が体を駆け巡る。腰が抜けて地面に座り込む。全てを察した。恐怖に洗脳された哀れな眼球で少女を見る。
「お人形さん…じゃあね…。後は私がやっておくから…。」
次の瞬間、彼女の左手から光線が放たれる。死を覚悟した。こんな訳のわからないまま人生を終えるなんて思わなかった。無駄な抵抗とわかっているのに、自然に両腕で視界を塞いだ。
もし神様がいたら、こんな自分でも助けてくれると思う。そんな淡い期待を抱きながら、息を止めた。
バチィっと轟音が鳴り響く。落雷が目前で起きたような、何か金属音が混じっていたような、恐ろしい音が鳴った。まだ全身の感覚はある。まだ生きている。ゆっくりと目蓋を開け、眼前の状況を確認する。そこには、大きなシルエットがあった。その後ろ姿は、勇者のようでもあり騎士のようでもあった。頼もしい背中に安堵しつつ、かっと目を見開いて自分の目でまじまじと見る。白銀の鎧を纏った大柄な人が立っていた。予想外の展開に声帯が固まる。この時代にはそぐわない姿の騎士は、美楽と同じくらいの長さの剣を持ち先程の光線を薙ぎ払ったと思われる。
「大丈夫か?」
聞いたことのある声。威厳を保ちながら、優しさのような包容力のある安心感を覚える声。あの時のフードの下にこんな装備をしていたのかと疑問に思うが、そんなことより考えることがたくさんある。
「はい!助けに来てくれたんですね!」
「ん?君、どこかで…、まあそれは後でいい。そこから動かないでくれ。」
圧倒的な安心感を背中に帯び、騎士は鋭い眼差しで少女を見つめる。自分とそっくりな少女は、酷く不満を描いた表情でこちらを見ていた。
「どうして…じゃまするの…。そのこは…いきちゃ…だめなこ…なのに…。なんで…いうことを…きいて…くれないの…。」
少女からさっきまでの妖しげな雰囲気が消え、何か苦しそうな表情を浮かべて、こちらを睨み付けている。両手を心臓部分に押さえつけて、必死に何かと葛藤している。
「そらの…こく…の…なのもとに……こじ…あける…。」
呪文のような言葉を続け、やがて、もう一度こちらを向いた時にはその眼からは紅々と血が溢れており、まさに鬼のような形相で凝視していた。
「と…と…轟けぇぇぇぇぇぇエエエえええぇえぇぇえぇえええぇえぇぇぇえ!!!」
その叫びは衝撃波のようなものを生み、少女の周りの地面はひび割れ砕ける。目に見える物理的なオーラを発し、出血している目から気絶してしまいそうな圧を感じる。少女から生まれたオーラは空中に集合していき、やがて数本の槍の形になる。凝縮したエネルギーは当たれば一溜まりもないと言わんばかりに、バチバチと不穏な音をかき鳴らしている。
「ツラヌケ」
少女が呟くと、夕方の街並みに光り輝く槍が順に光の速さでこちらに猛進し始める。しかし、目の前の屈強な騎士はまだ動かない。既に2本、3本と槍がこちらに向かっている。それでもまだ騎士は動かない。危ない、と叫ぼうとした瞬間、光の槍は騎士に直撃する1m程前で激しい音を鳴らし砕け散る。息を飲む。騎士は何もしていない。剣を振っている様子もない。その目線は槍ではなく、少女に向けられていた。後続のモノも同様に砕け散る。
9本目が砕けたところで、少女は俯いて全てのエネルギーを消耗したかのような沈黙をする。やがて、豹変する前の姿に戻り、重そうな口ぶりで呟く。
「呼ばれた…帰らなきゃ…。その子はそっちで…管理してもらえるかしら…。次に会う時までに…ね…。」
前回とは違って、フィンガースナップをせずに少女の姿は微粒子となって空へ帰っていった。
とりあえず一息つける雰囲気になり、屈強な騎士は振り返り手を差し伸べた。両手にはさっきまで持っていた剣が無い。
「すまない、厄介ごとに巻き込んでしまって。」
「いえ、また助けてくださってありがとうございます!」
「”また”か…。今朝会ったときの記憶改竄が効いてないとすると確定か…。」
そういえば、今朝会ったときに”忘れてもらう”と言っていた。しかし、美楽の脳内には、はっきりとその時の記憶が残っている。”確定”とはなんのことだろうと疑問に思い尋ねようとしたら、騎士の言葉に遮られる。
「一般人なら、こんなに摩訶不思議なことばかり目の当たりにして混乱するところだが…その余裕ぶりは、やはり契約主様の探している人物で間違いないな。」
確かに、情報整理が全く追いついていないなりにも、どこかでこの現実を認めている節がある。その様子を見て、騎士は納得したように頷く。
「君を連れて行かねばならないところがある。ついて来てくれないか。」
「いいですけど、どこですか?」
「来たらわかるさ、取り敢えずしっかりその場に立っててくれ。」
次の瞬間、無重力のような浮遊感を体全体で味わう。同時に五感を奪われたように全てが無感覚になる。まるで宇宙空間に飛ばされたような。そう思っていたら、いきなり重力下に放たれる。軽く尻餅をついて、ヒリヒリ来る痛みに新鮮さを感じる。
「大丈夫か?すまない、上手く飛ぶコツを伝え忘れていた。もう目を開けて大丈夫だ。」
頭上から優しい声が降ってきて、恐る恐る目を開けると、さっきと同じように手が差し伸べられていた。その手を取る。
「うぅ、ありがとうございます。それで、ここはどこなんですかって……え?」
目前の異様な光景に目を疑う。縦長のテーブルを中心に、黒を基調とした装飾の施された部屋。天井は高く、部屋の色と相まってより際立って見えるシャンデリアが提げられている。奥には暖炉のようなものが備えられており、その上の蝋燭は不気味に揺れていた。そして、荘厳な椅子に座ってこちらを見る6対の目がそこにはあった。鋭い眼光で睨みを利かせている者、不安そうな表情を浮かべている者、こちらに興味津々でまじまじと見つめてくる者、様々だ。固まった空気をほぐすように、一番奥の少女が口を開ける。
「ようこそ、”権視廟”へ。今より君は我々と同じ”魔女”となる。心から歓迎するよ。」
言っている意味が微塵もわからず、全く持って状況を飲み込めない。この異様な空間でただ一人、唖然としていた。
第一章 第3の魔女 開幕