零下の氷華師
やあ今日は。僕はゲン爺。
人呼んで零下の氷華師、またの名をステキジジイだよ。
若い頃はね、そりゃもうモテたんだ。なにしろ天才だからね。普通の氷魔術じゃないよ。美しく氷の華を咲かせるのさ。
その上紫銀のサラサラロングヘアーに涼やかなラベンダーアイ、すっと通った鼻筋に薄く形の良い唇ときたもんだ。
すらりと伸びた長身の、クールビューティーってよく言われるよ。声はバリトン。美声だね。
「あら、旦那様が起きてらしたわ」
「相変わらずダンディねえ」
「こら!見惚れてるんじゃないよ」
「はあい」
「仕事仕事〜」
今もモテるけどね。婆さんが心配しちゃうから、気付かないフリしてるよ。
そこがまたスマートで素敵って、若い娘さんたちには人気なんだけども。
「爺ちゃん、おはよう!今日も凍ってる?」
孫娘レイトーがやってきた。僕とおんなじ氷の魔術師さ。なかなか筋がいい。今年で16歳。番茶も出花ってやつだね。
娘らしく丸みを帯びて、溌剌とした色気を振りまいてるよ。
息子の銀髪は引き継がれなかったけど、艶やかな栗毛が菫色の瞳によく映える美人なんだ。声は元気なメゾソプラノさ。
「ははっ、おはようレイトー、今日も早いな」
「うんっ!爺ちゃん稽古つけてー!」
レイトーったら、毎朝4時には突撃して来んだよねえ。3歳の時からだよ。僕のこと大好きなんだ。
「ヒック兄ちゃんはまだ寝てるのー?」
ヒックは同居の孫だね。レイトーと違ってあんまり才能はないかな。稽古にも熱心じゃない。
「ヒックは楽師志望だからねえ」
「えー、楽師だって朝練するし、体力勝負だっていってたよー」
「ヒックが?」
「ううん?フラッティくんだよー」
「誰だいそれは?」
「爺ちゃん知らなかったっけ?」
「知らないねえ」
「フラッティくんはね、カッコいい黒髪なんだ!眼は凍った月みたいに蒼いよ」
何者なんだろうね。フラッティくん。
「細く見えるけど、しっかり走り込んで筋トレもしてるし、バランス感覚も凄いんだよ」
「へえー、楽師ってのは大変なんだな。ヒックにも教えてやらないとなあ」
「うん。おっきな銀色の楽器でね、重くて肺活量もたくさん必要なんだって」
「ほう」
「ほんとにカッコイイんだよ!」
どうやらレイトーはフラッティくんに夢中みたいだな。婆さんが若い頃に、僕のことを褒めてくれた時とおんなじ顔してるじゃないか。
一体どこの馬の骨なんだろうねえ。
「爺ちゃん凍気漏れてるよ?珍しいね。具合悪いの?」
「いや。大丈夫だ。ありがとうな」
いけない、いけない。フラッティくんとやらが不審だから、ついつい凍った魔力を放出してしまった。氷に結晶する前の魔力を凍気というんだけど、普通は抑え込んでどれだけ強いかを気取らせないようにしてるんだ。
「それで、フラッティくんは何者なの」
「楽師だってば!爺ちゃんちゃんと聞いてよね」
「どこの楽師なんだい」
「うちの町のシティバンドの楽師だよ」
「ふうん。いつ知り合ったの」
「この前のお祭りの日」
なんだ。最近じゃないか。レイトーの住んでる町は、たしか先週お祭りがあったな。
レイトーは氷の演武を披露するって張り切ってたから、よく覚えてる。
僕も婆さんや長男家族と一緒に見学したよ。素晴らしい出来だった。
でも、フラッティくんなんて、いたかな?
「覚えてないねえ」
「当たり前だよ。爺ちゃんたちが帰った後に知り合ったんだもの」
「夜ってこと?」
「爺ちゃん、怖い怖い。凍気やめて」
おっといけない。孫娘を怯えさせてどうする。それよりフラッティくんだ。
「詳しく話してごらん?怒らないから」
「はあ?なんで怒られんの?」
「やましいことはないんだね?」
「はああ?」
今度はレイトーの凍気が膨れ上がる。臨戦態勢だ。わが孫ながら、なかなかに鋭い凍気だ。
「今度連れてきなさい」
見極めなくちゃね。
「うん、いいよ」
あっさりしてるな。凍気も引っ込めたよ。
「じゃあ、稽古を始めるか」
「うん!」
それから僕たちは婆さんに怒られるまで、存分に裏庭を凍らせまくって鍛錬に励んだ。
そんな朝からひと月ほど後のこと。
「爺ちゃんおはよー!」
レイトーがいつものように朝4時から押しかけてきた。僕もいつものように、朝の練気が終わって一息ついたところ。
練気は、魔力の操作練習だよ。身体の中を巡らせたり、氷として結晶させたりするんだ。
「なんだい、君は」
レイトーの隣に、見慣れない黒髪青年がいる。20歳前後だろうか。なかなかいい吹気をまとっているな。吹気は、風になる前の魔力だね。
「初めまして。フラッティです」
「ふうん、君がフラッティくんね」
「爺ちゃん、凍気しまってよ!」
なかなかやるな。吹気で対抗してきた。もちろん、こんな若蔵小指の先も動かさずに捻ってやるけどね。
「で、お付き合いしてんの?」
「はい!」
「えへへー」
音楽野郎なんて適当か小難しいかと身構えてたけど、潔いじゃないか。明朗な感じでいいねいいね。
「よし!一緒に鍛錬するか」
「うん!」
「いいですね!」
僕たちはてんでに氷や風を巻き起こす。
いつもは氷だけなんだけど、温度の変化で吹雪になったりはする。
でも、今日は風が加わったもんだから、ブリザードだよ。地面も凍ってめくれて、ガチガチになったやつが凄い勢いでどこかに飛んでゆく。
「フラッティくん、カッコイイ〜」
「ほんとっ?もっと竜巻しちゃお」
「楽しい〜フラッティくん、すきー」
バカップルめ。氷華と凍気を丸めてぶつけてやる。
「イチャイチャするんじゃない」
「婆ちゃんとイチャイチャするくせに」
「仲良しなんだあ」
「うん!憧れるな」
「そう言う夫婦になろうね」
「うん!」
「ひと月で婚約?早すぎるわ!」
氷の花吹雪をお見舞いしてやる。
「あっ、こんなのどうです?」
フラッティくんが風でうまく氷華に朝日を当てて、虹色の氷の華が幻想的に舞う。
レイトーはうっとりと声もなくフラッティくんに寄り添った。フラッティくんも、風を操りながらレイトーの肩を抱く。
保護者の前でけしからん。
でも、まあ、幸せそうだからいいかな。
「ディミニ!来てごらん」
せっかくなので婆さんを呼ぶ。
ややあって婆さんがやってきた。いつまで経っても可愛い。
「何やってんの。煩いし。危険だし。毎朝毎朝なんなの。だめでしょ」
婆さんは淡々と喋りながら初期化の魔法で裏庭をあるべき姿に戻した。この魔法は珍しいんだけど、孫の1人に遺伝したから、今後も安心だ。
婆さんやその孫がいるから、安心して鍛錬に打ち込めるよ。
山の中の一軒家だから、ご近所からの苦情はない。そこら辺は考えて家を建てた僕を褒めて欲しいね。
「朝ごはんはなんだい」
「フラッティくんも食べてくよね?」
「うん、お腹空いたよ」
「あんたら、反省しなさいよ」
婆さんにぶつぶつ怒られながら、僕たちは賑やかな食卓へと向かったんだ。
おしまい
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