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ORERA -俺等-  作者: 吉田 翔
4/5

鈴木家④

「・・・・只今」

大洋の声に、既に帰宅していた由美がダイニングから顔を覗かせる。

「大洋、大丈夫だった?

ご先祖様に只今してきなさい。今日は誕生日でしょう。

晩御飯はあなたの好きなオムライスよ。ちゃんと注文のチョコケーキも有るわよ。」

「やった!」

大洋は先ほどまで悪いモノに取っつかれて体調が悪くなったのをすっかり忘れているようだ。

急いで奥の仏間に行くと、リンを叩いて小さな手を合わせてごにょごにょと呟く。

それから仏壇の端に供えられているキャラメルを一つ、嬉しそうに口に突っ込むと今度は神妙にもう一度手を合わせた。

 次の瞬間には座布団を蹴ってキッチンに走り出す。

「お母さん、僕のオムライス一番大きくしてね。

大兄ちゃんよりも大きく・・」

「はい、一番大きくするね」

由美は答える。

どうせ大地は一杯じゃない。多分山盛り三杯は食べるだろう。

嵩を増やして、病気上がりの大洋が一番大きく見えるのを食べきれるようにするには・・・。


 いつもの喧騒が過ぎて子供たちが就寝の為に部屋に向かう頃、キッチンで一郎が嬉しそうにオムライスを頬張っている。

「やっぱり由美さんの作ったオムライスが一番美味しいね!」

仕事も早く終わって、ご機嫌でオムライスを頬張る一郎を見て、由美は少し罪悪感を覚える。

今日は美優紀までお替りしたので、最後に死守した食材を使ってやっと作ったオムライスは一番具も少なく盛も小さい。味はサービスしたケチャップで何とかごまかせているハズだ。

(こんな事なら私がオムライス我慢すれば良かった。

ごめんね、パパ・・)

「パパ。大地から守った貴重なチョコケーキよ。一緒に食べましょう」

由美は大きい方のケーキを一郎の目の前に置いて、二人分のコーヒーを用意する。

振り返ると、丁度一郎がもう一つの少し斜めで不細工になった小さいケーキを自分の方に引き寄せて、大きいのを由美の方に移動していた。

「パパ?」

「ほら、僕、この間の人間ドックで指導入ったから、由美さん食べて」

笑いかける一郎の顔に、由美は微笑み返した。

(良い人と巡り合えて良かった・・)


 仏間から覗くご先祖様も満足そうだ。

「由美さん、結婚して10数年チキンライスを大きなフライパンで何杯も作り続けて、もはやプロ級だね」

嬉しそうに評価するのは仏壇三人衆のリーダー、雄一郎。

「まあ、不味くはなかったですね。

でも、貴方と銀座の煉瓦亭で頂いたのは、もっとスパイスの味が効いて・・・」と妙さん。

「でも、あっという間に持っていかれましたけれどもね。

皆様、味わう時間などなかったのではないですか。全くいつも落ち着きがない事です」

と幸江さん。

俺等に供えられたオムライスなるものは、久しぶりの温もりと香りを楽しんでいるのに、直ぐに持っていかれてしまった。

「その時ばかりは、力任せにリンを叩くものだから・・」という誰かの声が途切れて・・。

皆で笑った。

持って行ったのは、万年空腹症の大地だったからな。


 夜も更けた頃、嬉しそうな顔の一郎が仏壇にやって来た。

「無事、大洋も10歳になりました。これもご先祖の皆様方のお陰です。

これからも健康で大きくなりますようによろしくお願いします」

深々と頭を下げると、持ってきたお銚子とお猪口につまみの塩辛とするめ、柿の種を供えていった。

勿論、俺等は大喜びだ。

久しぶりに皆で酒盛りを始めよう。



「祝いの酒は旨いよの」

そういってご機嫌なのは殿様(自称)。

隣に座る頭でっかち(ご祐筆)のお猪口に酒を注ぐ。

頭でっかちは無言でお猪口をくいっと上げると、又差し出した。

一応鎧甲冑に身を固めているが、殿様は頭でっかちの話だと間に合わせの装備らしい。

殿様は俺等の中では古参で、もう仏間にもあまり降りてこない。

2階のサンルームを居場所にして、同時代の頭でっかちとよく昔話をしている。


「本当に・・。

一郎さんも体の弱かった大洋君が10歳を迎えられて、嬉しいのでしょうね」

そう答えるのはお蝶さん。

俺と同時代で、ちょっと良い小間物屋の末娘だった

いつも振袖に錦の帯・花簪をしてとても可愛い。

でも最近は段々簡素化して来て、もっと普段使いっぽい帯と小紋姿になった。

その内にワンピースになるのかなとちょっと楽しみだ。


 「ほんにめでたいことでおすな・・・」

とにこにこお猪口を傾けるのは大旦那。

左右に中旦那と小旦那もいる。

彼らは聞くところによると江戸初期、京都から江戸に店を移した頃のご先祖らしい。

それで、その後一番最盛期を仕切った大旦那、一旦潰れかけさせた時期の小旦那、頑張って立て直したけれど当初には及ばなかった中旦那の三人は、よく固まって経営のテレビなんぞを見て協議している仲良しだ。


 今日は珍しい奴も居る。

最初会った時は二度見した。

服が汚くてボロボロ、真っ黒の顔をして蓬髪、服はとりあえず布じゃ無い。

ほとんど喋れない。箸を使えない。

おこもさんだと思っていたが頭でっかちのいう事では違うと。

何でも我が家最古のご先祖様で、『明石原人』である可能性が高い・・・らしい?

原人って、それ何?

美味しいの?の世界だな。

そいつも今日はお猪口を持って、嬉しそうに酒を舐めている。

何でお銚子が1本でお猪口が1つなのに皆で飲めるかだって?

そんな事は些細な事さ。何だって俺等、この家のご先祖様だもの・・・。


大洋も大地も既に眠ったようだ。

降りてきた福ちゃん、欠食児童ひろとじろう、その他の面々も集まって賑やかだ。

満たされて、もうすぐどこかに行きそうな奴等も少し薄めになってゆらゆらと酒宴を楽しんでいる。

ああ、平和だ。何て平和なんだ。


 いつか俺も見守る事に満足して、やがて薄れて消えていくんだろうか?

そうしたら、俺を待っている誰かがいてくれると良いな。

酔いに紛れて、俺は柄にもなくそう思った。



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