鈴木家②
静寂が家を支配する。
だが、暫くすると仏壇の奥から、ごそごそと難しそうな顔をしたお婆さんが顔を出した。
「いっつも安物の菓子しか上げないくせに、頼み事は多い事・・」
それに答えて柔和なお爺さんの顔が現れる。
「何を言っている。
仏壇をきれいにして、毎日水を取り替えてくれて線香も上げてくれる。
たまには、『はわい』とか『おーすとりあ』とかの不思議な食べ物もお供えしてくれる。
子供も三人いるから、これからも安泰。何を文句を言う事がある?」
頭を丸髷に結った、涼しやかな目元のご婦人が現れる。
「本当にそうですね。
それに比べて、家の嫁ときたら仏壇の掃除はいい加減、お花の水も替えないから花はいつも枯れっ花。
自分だけたらふくおいしいもの食べて、仏壇には思い出したときだけお供え物・・」
最初に顔を出した難しそうな顔が
「お義母さま、何を言われるのですか!
私はいつも誰よりも早く起きて、誰よりも遅く眠りこの家を守って来ました。
それなのに、酷いです」
「誰よりも早く起きた割には仕事が片付かなかったわね。
ずっとお気に入りの女子衆とお茶飲みばかりして。
それだから20人も人が居た店が没落して、曾孫の一郎はこんな小さな家で・・・」
「それは、あなたの息子がぼんくらだからです!!」
ちなみに、『あなたの息子』である一郎の父親の信一はここには居ない。
・・・どこかで成仏しているのだろうか?
「おいおい、止めなさい。
明治、大正、昭和と大変な時代を皆で生きて来たんじゃないか。
そして、一郎は我々の子孫にしては、良い家を作っている。
穏やかで、日々賑やかな良い家だ」
収まらない女二人は顔を見合わせて、バツが悪そうに頷いた。
「それは、本当に、一郎ちゃんは偉いです」
ぽつりとだれかが囁いた。
その頃、丁度2階では疫神がこの家の次男大洋君の胸の上に座り込み、いやらしく顔を覗き込んで笑っている処だった。
大洋君は顔を真っ赤にして、苦しそうな息をしている。
その病神の頭を小さな体のお婆さんが、ハタキを振り回してなんども音が出るほど叩いている。
「これ、富ちゃん。疫病神をそんなに叩いたって仕方がないじゃないか?
病神は、自分のお役目でやっている訳だし、どうせもう二、三日で帰って頂くしかないんだから」
富ちゃんはなおもハタキで病神の頭を音がするほど叩く。
「判っているけれど、癪に障るじゃない?
こんなに年端も行かない子供に、つらい思いをさせるなんて・・」
「まあまあ、こんなもので倒れるほど大洋は弱くないよ。
それに、ほら、病気の時って皆に優しくされて、大事にして貰って、それも人として大切な体験だよ」
「そうだね、大洋もすぐに又、元気に走り回れるわね・・・」
その言葉に、この部屋に詰めていた心配性のご先祖たちが、一斉にほっこりと微笑んだ。
我等が何であるかは判らない。
判っていることは自分たちがすでに死んでしまっている事と、ぼうっとして居たらこの血を引く者の家に引き寄せられて・・・生前に見覚えのある顔に迎えられた事。
その時から線香の煙を食べ、仏壇に供えられる供物を吸い供えられたお水を啜って生きている。
だから、多分ご先祖様というべき者なんだろう。
信心が少ない者の家には少数の俺等のような者が、信心深い家には沢山の俺等が居ついている。
そうして、自分たちの血を引く者たちを陰ながら応援し、支え、守ろうとしている。
我等の中には、ふいっと家から消えて他所に行ったものも居たし、その後二度と話を聞かない者もいる。
我等が何処から来て、何処に行くかも知らない。
でも確かに言えることは、我らがここに居て、自分たちの子孫が喜び・笑い・悲しむのをともに共感し、自分たちの生涯を振り返りながら子孫の幸福を祈り続けている事。
なんたって自分の子孫なんだから、間違う処も一緒、悩む処も一緒。
まるで自分が悩んだ時の様に、感情移入して自分では出来なかった素晴らしい生き様を期待する。
そうして、自分たちの子孫に何かがあったら、たとえこの命(既にないかな?)に替えても、彼らの幸福を守ろうという想いだけだ。
それから、子孫の後ろにはいわゆる『守護霊』と言われる我々一族じゃない者が背後を守っている。
役割は同じようなものだが、守るものを正し、導く立場なので時には優しくない振る舞いもある。
それも我々の子孫が充実した正しい生き方が出来るようにだと胸に刻んで、我々は見守るだけだ。
ちなみに、大洋の守護霊は若い男の人、にこにこしている。
大地の守護霊は、女性で無口、いつも冷静に見守っている。
美優紀の守護霊は、男性でいわゆる『イケメン』。
軟弱男子だが、ネットで流行りの自分の守護霊をみる儀式とかで夜中に美優紀と目を合わせて、ウィンクした奴。
由美の守護霊は、髪を縛った年配の女性で、いつもテキパキしている。
一郎さんの守護霊は・・・とてもスペシャル。
肌は闇の様に黒く、酷く無口。だけれども、手が口ほどにモノを言いというタイプ。
しゃべらない訳じゃないが、言葉に詰まると背後にサバンナを出現させる。
いつも黒いスーツで決めて、真っ白な手袋をしている。この手袋がとても多弁・・・。
大抵の守護霊は身にまとうオーラと白い手袋で自己主張しているけど奴は特別。
どう多弁かって? 一時間一緒に居れば判るって!
えっ、俺?
俺は亥之吉。
80まで命意地汚なく生きて、5人の孫と2人の玄孫に見送られて死んだ。
最初はよぼよぼの爺だったけれども、ここに来た時先に居たお蝶に
「ここに来たら、年を忘れて良いのよ。もう少し若くなったら素敵でなくて?」
と言われて、腰の痛いのもないからあちこち覗いているうちに、元気な時代の自分になった。
いくつに見える?
多分25~30位かな?
なんせ爺だから、子供にまで戻るなんて恐ろしい・・・。
身なりは生きていた時に良く着ていた丸首と藍の木綿の単、下は洋風の股引と洋靴・・。
仲の良いお蝶は花も恥じらう16で、いつも蝶の振り袖を着ている。
それも揚羽みたいな派手な奴じゃなくて、蜆蝶・・・・。
又、これが似合うんだ。鈴木家にはもったいない良い娘なんだよな。