2 勇者をオトス者
大罪の会議が終わり、ユリウスは自分の屋敷に戻った。会議の最中も控えていた部下のレテシアと共に屋敷に戻り、居間のソファに座る。レテシアが手早くお茶の用意をして、目の前のテーブルにあたたかいお茶と甘いお菓子が用意された。
「お疲れ様です、ユリウスさま。こちら、今ガレッチア王国で流行っている、スイートポテトです。」
「ありがとう。」
レテシアを見ずに礼を言ったユリウスだが、紅茶にもお菓子にも手を付けず考え事をしている様子だった。
「ユリウスさま。」
「・・・何?」
やっと顔をあげたユリウスの目に映るのは、絶世の美女。いや、美少女。少し幼さの残る顔にはシミ一つなく、人形のように滑らかな肌。青い髪の間からのぞく、目を引くルビーの瞳は怪しく輝いていて、ユリウスの意識にもやがかかった。
「・・・っ!レテシア!」
「ふふっ。お疲れの様でしたので、おやすみになられたほうがいいのではないかと思いまして。悪意はありませんわ。」
レテシアは、サキュバスという魔物で、ほぼ人間に近い容姿をしている。2つの姿を持つのがサキュバスの特徴で、レテシアは女性の姿をしているが、男性の姿になることも可能だ。なぜそんなことが可能なのかと言えば、彼らの主食が人間や魔物の欲を食べるからと言えば、察してもらえるだろうか?
そんなサキュバスであるレテシアは、魅了という能力をユリウスに使いとがめられていた。魅了は成功すれば相手を意のままに操れるとんでもない能力だ。
「全く、魅了なんて簡単に使わないでよ・・・はぁ。」
「ユリウスさまだから特別に使用いたしました。他の方になど、もったいなくて使用できませんわ。」
「・・・意味が分からない。」
ユリウスは知らない魅了の対価があるのだろうかと考え始めて、とりあえず紅茶に口をつけてスイートポテトを口に運ぶユリウス。それを満足そうに見て、レテシアは口に合うかどうかを聞く。
「うん、おいしいよ。ところで、レテシアはどうするの?魔王様はいなくなったし・・・ここを離れる?」
「それは、私が不要という話でしょうか?でしたら、今度は本気で魅了をかけさせていただき、私に必要性を見出していただきましょう。」
怪しく光るレテシアの目を見て、慌ててユリウスは目を隠して弁解する。
「違うって!レテシアにはずっといて欲しいけど・・・その、怠惰の下にいたっていいことないでしょ?だから、他の大罪の下にでも行きたいかと思って。」
「無用の心遣いありがとうございます。ですが、2度とそのようなことはおっしゃらないでください。確かに、私があなた様にお仕えしたきっかけは魔王の命令ですが、今は私の意思であなたのお世話をしておりますので。」
「レテシア・・・そんなに私のことを。」
「えぇ。魅了かけてもいいですか?」
「う・・・んん!?いや、なんでそんな話に!?待って、そんなにお腹空いたの?ちょっと外で食べてきたら?」
「まぁ、まぁっ!あんまりですわ、ユリウスさま!私がそのような尻軽女とでも思っていらっしゃるのですか?それとも、そういうご趣味がおありで?でしたら、私は無理をしてでもこの体を汚し、あなた様の元へその体を差し出しますが!?」
「・・・は?え?汚す?え、汚れたいの?」
「いいえ。できれば清らかにいたいですわ。」
「・・・なら、それでいいと思うけど?よくわからないけど、私に魅了はかけないでね。流石にちょっと・・・」
正直に言って、レテシアはユリウスの好みの女の子だった。何だったら、一日中眺めていてもいいほどだが、手を出すとなれば話は別。それは無理だって、心から言えてしまう。
「わかりました。まだ、早かったのですね。」
「いや、早いとか遅いとかじゃないよ。」
「ユリウスさまはお優しいですが、時々鋭利な刃物のような言葉を放ちますね。私、心がズタボロの瀕死状態ですわ。」
「それは、ごめん。でも、レテシアはかわいいし、一日中見ていたいし・・・魅了なんて使わなくてもとっくに魅了されているんだから、もう使わないでね。」
「それは、お約束できません。」
「・・・そう。」
レテシアを説得するのを諦めて、ユリウスはパクパクとスイートポテトを口に運ぶ。その間に考えるのは、魔王のことだ。
ユリウスと魔王は、部下と上司ではあったがどちらかと言えば友達に近かった。魔王がユリウスに命令することはなかったし、ユリウスも魔王に尽くすとかそういう気持ちはない。
ただ、友達だった。
初めて出会ったときは殺し合いをしたが、和解してからは一度だって喧嘩をしたことがない。それがいいのか悪いのかわからないが、一緒に酌み交わす酒はおいしかったし、愚痴を言うのも聞くのも普通にしていて、相手が困ったことがあれば自然と手を貸していた。
本当に、友達だったのだ。この世界に来て、初めてできたと言っても過言ではない友達。
それが、死んだ。殺された。「中ボス」なんて、ゲームキャラみたいな呼び方をする、ゲーム脳のアホ勇者に、殺された。しかも、間違われて・・・
報復。
それをすることにためらいはない。でも・・・
「殺す、か。」
「勇者の話ですか。」
「うん。レテシアは、報復で殺すのってどう思う?」
「・・・甘いと思いますね。」
その言葉にドキリとするユリウスは、同じように甘いと感じていたのだ。まさか同じ理由かと視線で話の続きを促す。
「死んだらそれで終わりです。報復をするというのなら、絶望を何度も味合わせるべきでしょう。肉体に、精神に、絶望を刻み付け、死んだほうが楽だと思うくらいに追い詰め、最後に死にたくないと思ったところで殺す。それくらい当然でしょう。」
「・・・」
そっと、ユリウスはレテシアと距離を取ったが、それに気づいたレテシアがぐっと距離を詰めて、目を光らせる。
「こんな私でも愛せるように、お手伝いいたしますよ?」
「結構です!」
レテシアの体を押して、むにゅうと、柔らかい感触を感じてユリウスは気づいた。あ、胸もんじゃった・・・
「はぁんっ!」
「ご、ごめん・・・」
手を放そうとするが、その腕を掴まれて、さらに手を胸に押し付けられる。
「な、な・・・」
「はぁ、はぁ、いかがですか、私のお胸は?」
「・・・うらやましい。」
「うらやまなくたって、これはユリウスさまのものですよ。さぁ、お好きなだけ、気のすむまで、堪能してください。」
「いや、もういいから放して。」
居心地が悪いだけだと言って、ユリウスは腕を解放されると、あっさりと腕を引いた。
「悪かったね、レテシア。でも、最後のはだめだよ。レテシアはこんなにも素敵な子なんだから、自分のこと安売りしちゃ。」
「安売りなどしていません!私は、ユリウスさまだから・・・」
「・・・ありがとう。」
少し困った顔をしたユリウスを見て、レテシアの表情が暗くなる。ユリウスは何も言わずに立ち上がって、姿見の前に立った。
「魔王様が殺されたということは、私が怠惰でいられるのもあとわずかかもしれない。」
「心配には及びません。怠惰でありたいとお望みなら、私が叶えます。私は、あなたの手となり足となり、必要とあらば頭ともなります。」
「それだと、本当に怠惰になるね。」
「えぇ、でもあなた様は怠惰ですから。」
「・・・魔王。」
出会ったころのことを思い出し、ユリウスは目を瞑る。
ユリウスは魔王に救われた。だが、その魔王はもういないのだ。勇者に・・・ユリウスの代わりに召喚された勇者に、殺されたのだ。
そっと開かれあらわになった青の瞳には、静かな怒りが宿っていた。
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