1 勇者がオチル時
不定期更新予定です。
ゲームで言えばファイナルステージ。魔王城へ単体で侵入したのは、どこかうつろな瞳をした青い瞳に、金の髪を持ったユリウスという召喚された勇者だ。彼は、召喚された40人の勇者のまとめ役で、彼の噂は敵である魔王の耳にも入っていた。
そんな魔王は、銀の髪に赤い瞳を持つ、勇者とは対照的な姿である。
魔王の耳に入った勇者の最後の情報は、神狼との戦いで負傷し、治療のかいもなく亡くなった・・・そのような噂であったが、なら目の前にいるユリウスについて説明できないだろう。
「噂は当てにならんな。勇者、ユリウスだな?俺は魔王、魔王アレクシードだ。」
「・・・」
話すつもりなどないのだろう、すでに抜身の剣を持ちなおし、アレクシードとの距離を一気に詰めて斬りつけるユリウス。アレクシードは飛びのいて、自身を魔法の壁で守る。そこへさらにユリウスが距離を詰めて、剣を振り下ろした。
ガキン。硬質な音が鳴り響いたが、ユリウスは剣を落とすこともなく何度もアレクシードに向かって振り下ろした。
その顔には表情がなく、ただやるべきことをやっていると言った感じだ。
「・・・操られているのか?」
「・・・」
アレクシードの問いに答えることなく、ひたすら剣を振り下ろす。その速度が増して、ぶつかり合う音が重なり合って、ここに一般人がいれば衝撃波だけで戦闘不能になるありさまだ。
しかし、ユリウスは眉をしかめることもなく剣を振り下ろし続ける。
「さて、そろそろ攻撃させてもらうぞ。」
アレクシードは、自身を中心として衝撃波を放った。それに一瞬気を取られたユリウスに向かって、剣を突き刺すがかわされる。
距離を取ったユリウスは、唐突に膝から崩れ落ちて血を吐いた。衝撃波によるものだろう、アレクシードはもう一度衝撃波を放つ。
しかし、ユリウスはそれを同じ魔法で打ち消して、再びアレクシードに迫った。アレクシードも剣で応戦する。
火花が散った。2人の剣がぶつかり合ってできたものだ。それが一つ二つとできては消える。
「軽い剣だ。」
「・・・」
「そろそろ本気で行かせてもらうぞ。」
そういって振りかざしたアレクシードの剣をユリウスは剣で受けるが、その受けたままの態勢で吹き飛ばされる。そこへ天井と床から土魔法で壁を作り、ユリウスをプレスするアレクシード。しかし、空中に放り出された状態でそれを察知したユリウスが衝撃波を放ち、壁を壊す。
アレクシードが一気にユリウスとの距離を詰めて、剣を振り下ろした。ユリウスは再び剣で受けて、今度は床にたたきつけられる。
「ぐぅっ!」
「やっと声を出したか。」
声、うめき声ではあるが、ユリウスは初めて声をあげた。そんなユリウスに、落下しながら剣を向けるアレクシード。
その剣はユリウスに突き刺さるかと思ったが、ユリウスが炎の玉をアレクシードに向けて放ったため、アレクシードは水魔法でそれを打ち消した。もわっと水蒸気が発生して視界が悪くなり、目標が定まらぬまま剣を地面に突き刺す。
剣はユリウスの首のすぐそばの床に突き刺さっていた。
うつろな青い瞳と輝く赤い瞳がお互いをとらえると同時に、2人は動き出した。
アレクシードは、剣を薙ぎ払いユリウスの首を狙う。ユリウスは、アレクシードの剣がある側に衝撃波を放ち、自らの体を吹き飛ばしてアレクシードの剣を避ける。
ユリウスを追って、アレクシードの剣が振り下ろされた。
ガキン。アレクシードの手にある感触は、人を斬った手ごたえではない。目の前にいたユリウスの姿はなく、剣は床に大きな傷跡を残していた。
ぞっとした寒気を感じ、アレクシードは振り返った。
うつろな青い瞳と驚いた赤い瞳。
勝敗は決した。
神が人間に与えた勇者が、魔王を倒す。神の決めたシナリオが完遂されるのだ。
致死の魔法が、アレクシードの無防備な体に放たれる・・・はずだった。
ユリウスの魔法が霧散し、青い瞳が黒に染まる。
「なぜ・・・」
ユリウスは血を吐き出して、床に膝をつく。無防備なユリウスを殺すことなど、アレクシードにはたやすいことだったが・・・
和解した2人は、殺し合いをやめた。ユリウスは魔王の下につき、魔王の側近である「大罪」の「怠惰」として生きることに決めた。
それから年月が過ぎ、新しく召喚された勇者に魔王は倒される。
大罪会議の間にて、大罪の7人の内6人が集まっていた。1人以外は皆魔物であるが、その姿は人族をベースにしたものが多い。
「こんな時も憤怒は欠席か。」
「嫉妬」のゴーランが怖い顔をさらに怖くして吐き捨てる。彼は最強の種族と言われたドラゴン族で、大罪の中でも一番の武闘派だ。
「いつものことじゃん。流石に、今日くらいはって思うけど。」
容姿にあった話し方をする、角とうさ耳を持ったホーンラビットの「色欲」ネロ。少年の姿をしているが、とっくに成人は過ぎた外見詐欺者である。
「憤怒って、誰か見たことあるのかしら?見たことあるなら私に教えて欲しいわね。むしろ、どうやったら会えるのかしら、知りたいわ。」
出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。艶のある声で話すのは、セイーレーンの「強欲」アーシェ。
「どうせ、大した奴じゃないだろ。恥ずかしくって表に出れないほど弱い、虫けらみたいな奴だろうな。怠惰みたいな。」
「・・・」
いやらしい笑みを浮かべて言ったのは、ドッペルゲンガーの「傲慢」ナーナグル。名前を出されたが、怠惰は何も言わず反応すらしない。
人族の「怠惰」ユリウス。
「憤怒の話は置いて、本題に入るぞい。」
この中では珍しく、肉のない体をしたアンデットの「暴食」デルマン。年長者であり、誰もが少なからず認める知識者の彼が、会議の進行役となった。
「会議の必要性はあるのか?さっさと、人間に報復するべきだ。」
「賛成!あ、でもでも、殺すのはなしね?殺してもいいけど、僕が全部味見してからってことで!」
「とりあえず報復には賛成よ。」
「弱肉強食だ。我は初めから殺せって言っていただろうが。」
「・・・」
「とりあえず、報復することに異議がある者はいないようじゃな。」
デルマンが確認するが、異議を唱える者はいない。方法はそれぞれだろうが、魔王を殺した人間を許さないという意見は一致しているようだ。
「では、どのように報復するか。命を奪うか、隷属させるかで意見が分かれているようじゃな。強欲は、どちらかの?」
「そうねぇ、ところで魔王様はなぜ勇者に倒されたのかしら?勇者が魔王城に侵入したという話は聞いていないのだけど?」
「あ、僕も気になる!前の勇者・・・ユリウスの時も連絡来なかったけど、今回もそんな感じ?」
「確か、魔王様は視察に地方に出ておっての、そこで「中ボス」というのに間違われて倒されたと報告が来た。」
「ちゅうぼす?何それ?」
「さて、勇者一行が言っていたらしい。あちらは魔王様だと気づかないまま、「中ボス」を討伐したと思っているようじゃ。」
「それは、本当なの?」
会議が始まって初めて言葉を発したユリウスに全員の注目が集まった。
「黙ってろよ、最弱が。お前に発言が許されてると思っているのか?」
「そうだ、少しはわきまえろ怠惰。」
「・・・」
黙り込む怠惰に、大罪たちは笑いを漏らす。ただ、暴食は他と違って気のいい笑い方だった。
「カカカッ。お主が発言するとは珍しいの。やはり、お主でも魔王様に恩義を感じているようじゃな。」
「当たり前でしょ。こんな弱くて使い物にならない人間を、魔王様は保護したのよ?あなた、ちょうどいい機会だから、勇者を始末してきなさいな。元勇者、先輩なんだから、後輩の罪を断罪するのにあなたがうってつけだと思わない?」
「強欲えげつなーい。怠惰なんて、瞬殺されちゃうよ。あ、その前に僕のところに来なよ。味見してあげるからさ。ま、僕のお眼鏡には敵わないだろうけど!」
「・・・」
「なんか言ったらどうだ?さっきはわきまえずに発言して、今度はだんまりか?これだから弱い奴は嫌なんだ。」
「怠惰、少しは魔王様に貢献してはどうだ?これが最後のチャンスだとは思わないか?」
「さて、このような意見が出ているが、お主はどうするかの?」
「・・・私は、怠惰。」
その言葉だけで、ユリウスは拒絶した。それに対して、大罪たちは面白くないという顔をして、怠惰から視線を外す。
怠惰は、魔王から自由を保障されている。怠惰に仕事を押し付けることはできず、また怠惰の地位を脅かすことも禁じられていた。
なので、怠惰が拒否すれば、誰もそれ以上何も言えないのだ。
魔王が中ボスとして殺されと聞いた日も、ユリウスは怠惰として過ごした。
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