閑話1.私は奴隷。
私の名前は、スズネ・ハピネス。ご主人様に付けて貰った、新しい名前だ。元の名前は…いや、もう前の名前はいいでしょう。
元々私は、ただの村に住んでいた元気な一人の子供だった。…あの日までは。
「…あーちゃん、本当に大丈夫?…また街へ行くなんて…街はこわ~い人が沢山居るらしいんだよ?良いの?」
「大丈夫大丈夫!!!今まで私が街へ行って危ない目にあった事なんて無かったでしょ!!」
あの頃の私は、何をするにも自信に道溢れていて、とても明るく能天気だった。…だからこそだろう。あのまま妹の言う事を聞いて止めれば良かったのに。
「それじゃ、行ってきまーす!!…親とかには、内緒にしといてね?後で怒られるのは嫌だから…」
「う、うん……ほ、本当に早く帰ってきてね…?私達は家族なんだから!」
「はいは~い!!」
今思うと、とても馬鹿な事をしていたな。
―――「ふっふふ…街に着いたら、何を食べようかな~?…いつも通りワタアメを食べようかな…」
そんな事を呟きながら人通りの少ない道を歩く私は、違法な奴隷商からしたら格好の的だったんだろう。私は後ろから近付く大人達に、気付かなかった。
「…んむっ?!」
「…おい、お前ら…こいつを縛れ。連れていくぞ。」
「「…了解」」
私は必死で抵抗したが、大人3人の力に抵抗できる程、私は強くなかった。私はあっという間に大人達に身動きを取れなくされ、何かに乗せられて何処かへ連れて行かれた。
「ふっ…ふーっ…うぅ…」
口に何かを付けられていて、喋れない…!私はその時になってようやく、自分がかなりまずい状況になっていると言う事を悟りました。
「んーっ!!!んむーっ!!んー!!」
私は必死に暴れて、大人達に止める様伝えようとしました…が。
「おい、…大人しくしろ。…さもなくばぶっ叩くぞ。」
「ふ…んむぅ…」
私は初めて、本気で大人達に殺意を向けられた恐怖で涙を流しました。それは心の底からの恐怖でした。
「ケッケッケ…こいつは上玉だ。…おいお前ら。あんまり傷付けんじゃねぇぞ。」
「「分かりました…」」
ああ、私はどうなるのだろう。そう思いながら私は今までの行動を後悔しながら意識を失いました。
「…おい、起きろ!!」
「んむっ?!」
バシッと頬を叩かれた衝撃で、私は起きました。…ああ…夢じゃ無かったのか。私はまた涙を流しました。
「今日からここがお前の家だ。…逃げようとしたらどうなるか分かってんだろうな。」
そう言われて周りを見渡したら、それは酷い光景で。
沢山の痩せ細った人達が殴られたり、動けなくなっている人まで居ました。
「うぅ…」 「もう嫌だ…」
私は目の前の光景が、信じられませんでした。この世にはこんな事をする人達が居るのかと。
「…おい、お前は上玉だから傷はあまり付けないがよ…言う事を聞かないと酷い目に合うぜ?…それだけは分かっとけよ。」
そんなゴミの様な扱いを。私はいつまでされるんだろう?
…それからは、まさに地獄の様な日々でした。
水浴びも出来ない、ご飯も少ししか出ない、そして早く動かないと来る暴力。最初の何日かは、親や友達が助けに来てくれると信じていましたが、それも日が経つと段々と諦める様になってきました。
「…死にたいなぁ。」
気が付けば、私は毎日そんな事を言ってしまうぐらいには、精神的にも肉体的にも疲れていました。でも。
「…大丈夫、いつかは終わりが来る筈よ。諦めないで!!」
そう言ってくれる先輩奴隷のお陰で、私は何とか感情だけは失くさない様に生きてきました。名前すら聞けずに連れて行かれてしまったのは少し残念です。
今日もまた、地獄の様な日が始まる。…そう、私は思っていた。
「…きり、…いい…奴隷ちゃんは居ますか?」
「と…とび…か…ちょっと待ってな。」
そんな会話が聞こえてきて、私は何の話だろうと、無心で耳を傾けていた、その時。
「…おい、出ろ。お前には今から新しいご主人様が着く。失礼のない様にな。」
「…え?」
私?私が?私は心の中でパニックを起こしていました。どんな人だろう?何で私が?何の為に??
そう思いながら私は、新しいご主人様の元へと歩いて、ご主人様の姿を見ました。
――綺麗な銀髪の髪。
――背は低いのにおっきい胸。
――少しつり上がった、綺麗な空の様な色のブルーの目。
これが私の、新しいご主人様か?…私は、内心何をされるのかと、びくびく怯えていて、何も喋れませんでした。
「……買います!!!」
どうやらご主人様は、私を気に入ったみたいだった。
「お、おう…即決か…いいぜ、値段はこんなもんだ。」
そう言って商人が表した金額は、とてつもない金額だった。しかし。
「…はい!これで足りますか?」
「…?!…お、おう…足りるが…金貨が余ってるぞ…奴隷契約もしないのか…?」
ご主人様は、当たり前の様にその金額以上の金貨を出すと、私を連れて店を出ました。
「か…買っちゃったぞ…ふふふ…」
…ご主人様が凄く嬉しそうで、私は暴力でもされるのかな…とこれからの生活を想像していました。
「…えーと…、貴女、名前は?」
ご主人様が突然話し掛けてきて、私は驚いてピクッとなりました。…でも、ご主人様の優しい声。この人は悪い人なのか?私の中に疑問が浮きました。
「……わ、私に名前は…無いです…小さい頃に、商人達に拐われて…お、お母さん…うぅ…」
今まで溜めに溜めた感情が、思わず爆発してしまいました。
お母さん。お父さん。本当にごめんなさい。私は馬鹿な子です。
「ほ…ほら!泣かないで!私は貴女に暴力なんてする気は全くないから!!」
そう言ってご主人様は、私に抱き付いてくれました。
…暖かい。これが、人の温もり?
――これが、愛情?
「うぅ…ぐすっ…」
私はまだ道のど真ん中なのに、泣いてしまいました。ご主人様も焦ってしまったのか、さらにぎゅうーっと力強く私を抱きしめてくれました。
「…ど、どう?落ち着いた?」
…ご主人様の、大きい胸が…むにゅっと私に当たる。ああ…何だか落ち着く…
「と…取り敢えずさっさと帰ろうか!風の精霊お願い!!」
どうやらご主人様は風の精霊使いだったらしい。あっという間にご主人様の家に着いてしまった。…飛ぶ瞬間ビックリし過ぎて声を上げそうになったのは内緒だ。
「…付いたー!!ここが私の家だよ!…どう?意外と大きいでしょ?」
そう言うご主人様の家を見る為に、顔を上げる。
目の前には、私の前の家とは比べ物にならないぐらいに広い、恐らく金貨何百枚も必要であろう大きさの豪邸が建っていた。
でも、私が驚いたのはその後で。
…なんとご主人様は、私の首輪を当たり前の様に外したのだ。
訳が分からなかった。何で奴隷の首輪を外すんだろう?何が目的なんだろう?
そう私は勝手に思い込み、怖くなった。ご主人様の優しさも知らずに。
「…す、凄いですね…!有名な方なんですか?…はっ!すみません!!」
…私は、驚き過ぎてつい、ご主人様にいいと言われていないのに、疑問を投げ掛けてしまいました。直ぐに謝りました。
でも。
「いーのいーの!!そんなに畏まらなくても!…貴方はもう…私の大切な家族なんだから!!!」
家族?
私が?
「私達は…家族なんだから!」
あの時そう言ってくれた私の妹が、どれだけ私を心配していたのかが分かりました。
「…!」
私は、何回目かも分からない涙を流しました。
…私の家族は…まだ私を探してくれているのだろうか…?
「…え?!ご、ごめん!!何か気に障るような事言っちゃった?!」
そう言ってご主人様が私に優しい声で話し掛けてくれる。……ああ、この御方は…優しいなぁ…
「い、いえ…ぐすっ…わ、私、こ"…こ"んなに優しくされた事なんて…お母さん達以来だったから…あうぅ…」
私は全身の力が抜けて、ご主人様に倒れ込む。…ご主人様は小さくて、柔らかい。…このままこうしていよう。
「…今までよく頑張ったね。…しばらくはこうしていようか。」
「…う"うぅ~…」
私はご主人様の優しさを感じながら、眠りに落ちた。
―――「…おはようございます…ご主人様…ご主人様?!」
朝起きると、何故かご主人様が力尽きたみたいな顔で、私の下に居ました。…も、もしかして…私、踏んじゃいながら寝ちゃった?
「…お、おはよう…エルフちゃん…ぐふ…」
「ご主人様~?!!」
…何故か、ご主人様は踏まれていたのに、満更でもなさそうだった。




