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風神の台地  作者: 流沢藍蓮
第二章 居場所
3/10

2-1 風色の救いの手

【第二章 居場所】


  ◇


「う……」


 目が覚めた。生きている。見上げた天井は見知らぬものだった。


「イヴ……」


 いつも隣にいるはずの人の名を呼んで、思い出す。燃え盛る炎の向こう、消えていった兄を。


「イヴ!」


 叫び身を起こした瞬間、激痛。たまらずベッドに倒れ込む。

 そこへ。


「まだ治ってないんだ、無理に動くと危ないぜ?」


 声がした。

 緑の頭が視界に映る。青い瞳がリノヴェルカを見た。鋭く釣り上がったその瞳は、どこか鳥を連想させた。

 肩にタカを留まらせた青年は、芝居がかった仕草で礼をした。


「俺は風の神ガンダリーゼ。風の亜神はご機嫌麗しゅう」

「風の……神?」

「神がそこらにいるのが珍しいか? いいだろ別に。あんたの父さんも人間と交わったんだしさ」


 くつくつと風の神は笑った。

 風神ガンダリーゼ。この世界“アンダルシア”の風の神。自由を愛し、気紛れに動く。彼はいつも緑の目をしたタカを連れており、緑の目のタカは彼の象徴として神聖視されている。

 青年の肩に乗っかったタカは、緑の目をしていた。

 人間と神との間に生まれた亜神がいるのだ、神が地上を歩いていたって、おかしくはないのだろう。

 リノヴェルカは問うた。


「イヴは……兄さん、は」

「海の亜神のことかい? 生きていた……はずなんだが見失った。悪い、わからない。それに」


 風の神は、指ぬきグローブに包まれた人差し指をリノヴェルカに突きつけた。


「捜せとか言われても協力はしないぞ。俺たち神々が地上に関わるのは、通常なら御法度だ。ただ……俺の眷族の亜神が死にそうになっていたから助けたってだけ。傷が癒えたら出て行ってもらうからその点は覚悟しておけ」


 リノヴェルカは頷いた。


「わかり、ました……。ありがとう、ございます……」

「敬語は不要。地上に降りた以上、今の俺は大した力を持っていない」


 悪戯っぽく彼は笑った。


  ◇


 イヴュージオの助けがあったって、リノヴェルカの負った傷は重かった。風の神はリノヴェルカの手当てをしてくれたが、痕は残るだろうと伝えられた。


「俺じゃなくって、大地の女神とかがいれば完治は可能なのだろうけどさ。悪いね。風は破壊専門で、修復は得意じゃないのさ」


 彼はそう、苦笑していた。

 しかしそれでも、傷は確実に治っていった。リノヴェルカは少しずつ動けるようになった。

 『生きろ』

 炎に包まれた兄に言われたその言葉。約束は果たせそうである。


「神様って……優しいんだ……」


 思わず呟いたら、どうかな、と返された。


「そうとも限らないぜ。氷の神なんかさ、あいつは基本的に慈悲がない」

「でも風神さまは、優しい」

「気紛れを優しさと呼ぶのかって言われると、微妙なんだけどな」


 風の神は苦笑した。

 そしてそれからさらに数日。

 怪我も治り、リノヴェルカは完全に回復した。風の魔法を操ったり走ってみたりするリノヴェルカを見、風の神は告げた。


「もう、ここでの日々はおしまいだ」


 リノヴェルカは頷いた。『傷が癒えたら出て行ってもらう』、そう風の神は言っていた。

 出て行っても、行くあてなどあるわけがない。しかし確かに生きている。生きているならば希望はある。

 リノヴェルカは満面の笑みを浮かべた。


「ありがとう、風神さま」

「達者でな、風の亜神よ」


 言葉と同時、

 空間が歪んだ。

 はっと気がついた時、そこにはしばらくの間過ごした家はなかった。

 まるで夢でも見ていたかのように。

 けれどそれは夢ではない。あの日の火傷は確かに癒えている。風の神は確かに、リノヴェルカを助けたのだ。


「……生きて、みよう」


 呟いた。

 兄に風の神に助けられた命。今がどんなに泥沼の状況でも、生きていればきっといつかは何かを掴めるはずだから。

 リノヴェルカは前へ進む。


  ◇

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