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風神の台地  作者: 流沢藍蓮
第一章 兄妹
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1-1 神の血を引く兄妹

挿絵(By みてみん)


【第一章 兄妹】


「……ったく、リノったら。またこんなミスして」

「あはは、悪いな。私は考えるのが苦手なんだよ」

「そんな、あっけらかんと言うことなのかなぁ」


 イヴュージオの言葉に、リノヴェルカは明るい笑みを返す。

 白銀の長髪、翠の瞳。太陽を模した金飾りのついた白のローブを身に纏い、額には金の輪。彼女に似た姿の鳥がいることから、彼女は「鳥の乙女」と呼ばれていた。彼女は生まれつき、風を操る力があった。

 対するイヴュージオは青の髪と水色の瞳、青を基調とした動きやすい軽装を身に纏い、額には銀の輪をしていた。その腰には一双の剣がある。彼は生まれつき、海の魔力を持っていた。

 リノヴェルカとイヴュージオ。姿も魔力も違うものなれど、二人はきょうだいであった、母が違うきょうだいだ。母を亡くして泣いていたリノヴェルカをイヴュージオが引き取り、以来、ずっと一緒にいる。リノヴェルカにとってこのイヴュージオは、ただの兄ではなく恩人でもあった。

 リノヴェルカは笑う。


「私は戦闘、イヴは考える。役割分担、それでいいじゃないか? 今まで通りさ」

「……そのイヴって呼び名、やめてくれるかなって何度も言ったはずだけど。イヴは女の子の名前だよ。僕はイヴュージオだってば」

「イヴの方が呼びやすいじゃないか。そう言うそっちこそ私をリノと呼んでいるぞ?」

「リノはどちらにも使える名前だからいいの……」


 溜息をつく兄。リノヴェルカは笑っていた。

 今は戦乱の世の中だけれど、二人一緒ならきっと生きていける。馬鹿だけれど戦闘が得意なリノヴェルカと、頭はいいけれど戦闘が苦手なイヴュージオ。正反対な二人だからこそ、ここまでぴったり噛み合うのだろう。

 リノヴェルカはイヴュージオにもたれかかった。


「私さ、イヴのこと好きだよ」


 それは、ただ純粋な好意から来た言葉。

 イヴュージオが苦笑を返した。


「その言葉は、いつか本当に好きな人が出来た時に取っておくべきだね。少なくとも、僕であるべきじゃない」

「私はイヴのこと、好きだよ?」

「そういう『好き』じゃないんだよ、リノ。……まぁ、いずれはわかるようになるさ」


 遠い目をした兄を、リノヴェルカは不思議がった。しかし深く訊くことはなかった。

 『いずれはわかる』何度も兄に言われたその言葉。十三歳のリノヴェルカには、まだわからないことが多すぎたけれど。

 でも、『いずれはわかる』のだから。今急ぐ必要はないのだろう。

 そうやって他愛もないお喋りをしていたら。

 不意に感じた殺気に、リノヴェルカは咄嗟に兄を突き飛ばし自分は後ろへと転がる。

 そこに突き立っていたのは、鋼の刃。

 リノヴェルカはきっと殺気を感じた方向を睨めつけた。


「誰だ! 出てこい!」


 リノヴェルカの周囲で風が膨れ上がる。その隣で、イヴュージオが何とか体勢を立て直し、腰に差した剣を抜いた。

 現れたのは剣を持った男。来ている衣服はみすぼらしい。

 男は剣をリノヴェルカに向けた。


「持ち物全て置いていけ。命だけは助けてやる」


 何だ、物盗りか、とリノヴェルカは思った。今は戦乱の世、貧しさのあまり盗みを働く者などごまんといる。

 リノヴェルカやイヴュージオがそういった被害に遭ったことがないのは、ただ彼女たちが強いからに他ならない。

 リノヴェルカは鼻を鳴らした。


「そんな一方的な要求には応じないぞ。無理にでもと言うのなら、掛かってくればいい。でも無駄な戦いは嫌だから……」


 腕に通していた金の輪をひとつ外し、地面に置いた。


「これをあげるから引いてくれないか。引いてくれたならこちらも余計なことはしない」


 男は探るような眼でリノヴェルカを見た。そうだな、とリノヴェルカは金の輪を拾い、男の方に放ってみせた。それを男が受け取るのを見ると、もういいだろうと思って背を向けた、

 刹那。


「リノ!」


 兄の声。金属音。イヴュージオの苦鳴にはっとなりリノヴェルカは振り返る。

 金の輪を受け取った男が、その剣でイヴュージオを刺していた。しかしイヴュージオの剣もまた、相手の身体を貫いていた。

 爆発した怒り。


「貴――様ァァァ!」


 叫び、風の刃を男にぶつける。吹っ飛ばされた男。イヴュージオの身体から剣が抜ける。抜けたそこから溢れだした真紅の液体に怒りはますます膨れ上がり、リノヴェルカはさらなる追撃を加えようと、


「やめなさい」


 しかし振り上げた手は兄によって止められる。

 傷口を抑えながら、それでもイヴュージオは笑っていた。


「余計な殺しはしないこと。おまえまであの男のように、醜い人間になりたいのかい?」

「……人間? 私たちは、人間じゃないだろ」

「言葉の綾だよ。ひねくれた考え方しないの」


 リノヴェルカは男の方を見た。男は頭を強く打ったようで、ぴくりとも動かない。そのまま死んでしまえばいいのに、とリノヴェルカは思ったが口にはしない。強欲な人間にはその方がお似合いだ。

 心配げな目で兄を見た。


「えっと……イヴ! 怪我、したんだろう。大丈夫なのか!?」

「ちょっと刺されたけど……ああでもしなかったら、リノが大怪我していただろうし。大丈夫だよ、海の力は癒しに向いているんだから」


 刺された脇腹に手を当てれば、そこから溢れだす青い光。しかしその輝きは、あまりに弱い。

 参ったね、とイヴュージオの困り顔。


「僕は……リノと違ってそこまで力を受け継げなかったから。僕の荷物に救急箱があるだろ? 出してきてくれないかな。大丈夫さ、死にはしないよ」


 こくりと頷き、大慌てで救急箱を引っ張り出す。中に入っていた包帯を取り出し、兄の傷口に巻いた。きつく巻きつければ、その血は止まった。リノヴェルカはほうっと安堵の息を吐いた。


「イヴはさ……どこにも、いかないよね?」


 不安のあまり、訊ねてしまう。

 いつだってそうだ。この兄は、自分のことよりもリノヴェルカのことを優先する。その心遣いは嬉しいけれど、そうやって身を削る兄はいつか、自分の前からいなくなってしまうのではないかと、そんな不安に駆られてしまう。

 わからない、とイヴュージオは答えた。

 浅瀬の水のような、淡い瞳がリノヴェルカを見る。


「僕はおまえより五つも上なんだ、このまま何事もなくったって、どうせ僕の方が早く逝くよ」

「そんなの嫌だ……。私たちは亜神だろう、普通の人間のルールなど通じないぞ」

「しかし亜神にだって、寿命はある。長生きできるというだけで、死なないわけではないのだし」


 おまえは僕がいなくても生きていけるようになるべきだ、と澄んだ瞳が言う。

 嫌だ、とリノヴェルカは言った。彼女の感情に呼応して風が鳴る。はぁ、とイヴュージオが溜め息をついた。


「わかった、わかったってば。まぁそんな機会、すぐに来るというわけでもなし。僕も僕なりに自分を大事にするから、泣き止んで。おまえらしくない」

「イヴぅ……」

「はいはい、いい子いい子」


 兄に頭を撫でられれば、押し寄せてくる安心感。

 ずっと一緒にいたい、と切実に思った。この戦乱の世の中、リノヴェルカには兄しか頼るべき存在がいないのだから。

 さて、とイヴュージオが空を見上げた。


「陽はまだ高い。この怪我で野宿はしたくないし……男が目覚める前に、ここを発つよ。陽が落ちるまでに町にはたどり着けるだろうさ。さあ、歩くよ」

 動き出した兄に、心配を込めた声を投げる。


「イヴは……大丈夫なのか?」


 心配しないで、とイヴュージオが笑った。


「急所は外した。言ったろ? 僕は亜神としての力は弱いけれど、その分戦闘技術を磨いたんだって。リノを守りながら最低限の怪我に抑える、なんて簡単なことさ」

「イヴは戦闘も得意なんだな! 頭も良いし戦闘もできるなんてずるいぞ!」

「リノは努力もせずにあんなに大きな力を使いこなせるんだから、リノの方がすごいよ。僕は……いくら努力したって……」


 すっと眼を伏せる。

 リノヴェルカは兄の見せた影には気づかず、兄が無事だと知って元気に歩きだしていた。

 イヴュージオが、誰にも聞こえない声で言葉を投げた。


「……僕はね、リノ。時折、何の努力もしないで強大な力を使いこなせるおまえを、憎らしく思うことがあるんだよ」


 その言葉は地面に落ちて、妹に届くことはなく、消えた。

 その様子を、紫色をした一対の瞳が、じっと見ていた。


  ◇

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