06:最下層
管理迷宮、最下層。
どうも、リンです。
今日はテレスさんと管理迷宮の最下層に潜っています。
何故かと聞かれれば、先日色々ありまして、ちょっと限界を超えた戦闘を行なった結果、黒かった髪の毛が真っ白になってしまったのをテレスさんに見つかってしまい、何があったのかと問い詰められて、ちょっと気分転換に染めてみましたと嘘をついたら一瞬でバレてしまい、しばらく一緒に行動する事になってしまいました。
咄嗟の嘘というのはなかなかに難しいですね。
ちょっと気分転換に染めてみた、というところまでは完璧だったのだけど、視線も嘘をつくときに見るという右上とかではなく、さり気無く髪を触りながらそっちに持っていったし。その後には似合ってますか? 的な視線を投げかけてみたりしたのだけど。
何処で染めたの?
の一言で崩壊してしまった。考えてみたら私、美容院とか一度も行ったことがない。今回の反省を踏まえて、次回から身体に異変があった時は、もう少し事前に設定を考えておこうと心に決める。そうでなくては立派な嘘つきにはなれないと深く反省をしてみたり、してみなかったり。
まあ、その後すぐにクロが、
「何度死んでもおかしくない、ギリギリを超えた超絶危険な戦いをしてきたのだ!」
とか、言わなくていい事を言ってしまうので誤魔化すことは元から無理だったのだけどね。
という事で、これまたその件だと思うのだけれど、今夜王様に呼び出されてるので夜にはローラン城に行かなくてはいけない。それまでの時間、迷宮で色々と用事を済まそうと思い出かけたところ、捕まってしまい一緒についてきてしまったと。
最下層、ボス部屋。
背後で扉が閉まり。部屋の奥にボスが湧く。
暗黒騎士が現れた!
暗黒盗賊が現れた!
道化師が現れた!
暗黒司祭が現れた!
暗黒魔術師が現れた!
暗黒盗賊って何だ、と思いながら天魔の火筒を構えると、既に戦闘が終了している。
何を言っているのかわからないと思うので、簡単に説明しよう。
今回ここに来た目的は二つあり、ひとつは、先の戦いで手に入れたこの天魔の火筒の性能テスト。そしてもうひとつは、これまたその時に大量消費してしまった魔玉の確保。
なのだけれども、クロとテレスさん。魔闘技という格闘術スキルの最終形態のひとつを持っているこの二人、ノウキンと呼ばれる希少種。いや、脳味噌も筋肉、訳して脳筋さんは、稀によく居る方達、誤解を恐れずに言えば格闘家は皆ノウキン!
そのノウキンを極めたこの二人こそノウキンオブノウキン。手段のために目的を忘れるおバカさん達。まあ、魔玉は手に入るからいいのだけれども。
「クロちゃん、縮地に格段と磨きがかかってきたわね。まさか私が出遅れるなんて、悔しいわ」
「ふふふ、我はさらなるスピードの向こう側に突入しようとしているのだ!」
「ええっ! 凄いわクロちゃん」
「くくく、もっと我を褒め称えよ!」
困った人達だね、まあ、クロはネコなんだけどね。
「ねえ、二人ともさ。目的覚えてる? 戦闘は私の武器の性能テストも兼ねてるんだけど、湧いたと同時に全滅させてたらダメだよね?」
軽く釘を刺しておく。
「そうね、わかったわ」
「わかったのだ!」
私の方を振り向いてニッと笑う二人。爽やかな笑顔だ。けど、
わかってないよね?
二人とも絶対わかってないよね?
私、この言葉言ったの何回目か覚えてる?
私はフッと微笑み、そっと天魔の火筒をアイテムボックスにしまい、代わりにテーブルとイスを二つ出してテーブルの上に紅茶とスコーンを置く。
「少し休憩しましょう」
「ええ」
「うむ!」
そう言って椅子につくテレスさんとテーブルに飛び乗るクロ。
テレスさんと私は、お洒落なカップに紅茶を注いでいき、クロには底の浅い銀のカップに紅茶を注ぐ。クロは熱いの飲めないからね。
お茶請けはスコーン、ケーキにしようかと思ったけれど、今夜は豪華なディナーになりそうだから軽めに普通より小さめのスコーンを各人一つづつ。
「リン、砂糖とミルク!」
「はいはい」
クロの紅茶が冷めないうちに砂糖とミルクを追加する。
「もっと! いっぱい!」
「はいはい」
いっぱい追加するフリをする。
「スコーンには蜂蜜!」
「えー、甘々のミルクティーにしたんだから紅茶につけて食べなよ」
「やだ!」
我が儘さんだね。
スコーンにかけた蜂蜜だけを舐めて、蜂蜜の追加を要求してくるクロ。その理不尽な要求を無視して、綺麗に蜂蜜だけを舐め取られたスコーンをミルクティーの中に沈める。
ぶーぶー言いながらミルクティーが染み込んで柔らかくなった所を器用に食べていくクロ。ミルクティーに顔を突っ込んでるため口のまわりというかほとんどがミルクティーで真っ白になっている。
一気にスコーンだけを食べきって、口の周りを前足で拭いながらその前足を舐めようとしていたので、緊急逮捕して前足と口をハンカチで拭ってから解放する。私の顔と余ったミルクティーを交互にちらっちらっと見ながら、無言でおかわりを要求してくるクロをじーっと無言で見つめていると、クロのミルクティーに自分のスコーンをお裾分けしたテレスさんが聞いてくる。
「今朝フジワラを見かけたけど、ここには付いてきていないのね」
いつもは突然、「ヨオ、コンナトコデアウナンテ、グウゼンダネ、ウンメイヲカンジチャウヨネ」とか言いながら現れるのに、今日は一向に現れる気配がない。
「あ、そういえば、この前、修行の旅に出るとかいってたような、、」
「あらそうなの? その割にはずっとこの街にいるみたいだけど」
「そうですね」
おそらく、空間魔法の転移で移動しているんだろう。この前レベルが上がって転移先設定が増えたとか言っていたし。
転移で移動しているだろう事はテレスさんには黙っておいたほうがいいのかな、フジワラくん本人の意思で隠している可能性もあるし、話すならフジワラくんが話すだろうから、それまでは黙っておこう。
大人なテレスさんは、わざわざそういう事を聞いてこない。というか、仲間だから隠し事をしないで全て話すべきなどという愚かな人は私の身近にはいない。
冒険者ギルドの職員であるテレスさんのそばには、ギルド長のウィリアムさんがいる。他愛ない日常の会話からでも情報を拾われてしまうだろう。テレスさんの知っている情報は少なからずウィリアムさんも把握していると見ておいたほうが良い。クロが普通のネコでないこと、人並みの知能があるのではないかとは思っているだろう、私と意思疎通しているかもしれないとも思っているかもしれない。流石に喋れる事までバレてはいないと思うけど、私の所持魔法が光と水魔法だけではないのもバレているだろうし、鑑定を持っている事もバレているだろう、魔眼、神眼まではバレていないと思うけど、もしローラン王家と通じているなら、召喚魔法もバレていることになる。これに関しては王族が情報戦で優位に立つためには秘匿すべき最重要事項だろうからおそらく漏れてはいないだろうけど。
そんな事を考えていると、ふと、ある人物を思い出す。
そういえば彼女は、自分は神樹の巫女だとサラリと私に秘密を暴露していた。うーん、カーサは愚か者という事はないけど、なんか、私より凄く年上だけど今まで人間と接してこなかったせいか脇が甘い気がする。悪意に対する警戒が緩いというか、本当に怖いのは魔物ではなく人間というのは流石に理解していると思うけど、うーん、どうなんだろう。
カーサが里帰りしてから、既にひと月を超えている。
別れる時の口ぶりからすると、このまま帰って来れない可能性もあるようだった。
別れというのは突然訪れるのは理解しているつもりだけど、もうカーサには会えないのかな、、と想いを馳せてみる。