29:ア・族の村
鬱蒼とした森の中を進む。
先を進むアテンの歩みに合わせて草や木が道を開けているかの様な錯覚に陥る。あれは森の人と呼ばれるエルフの能力なのだろうか?
「……」
「……」
互いに言葉を発する事なく、道をつくる草を踏み締める音だけが響く。
しばらくすると、行先を阻むかの様な先の見えない木々の壁に行き当たる。
アテンが手をかざすと、木々が割れその先に開けた空間が出現する。どうやら、この先がア・族の村という事らしい。
「どうぞ、」
アテンが私にその扉を潜るように言ってくる。
「……」
「この結界はア・族の血を引いた者にしか開けることが出来ません」
開いているうちに入れということか。
結界に守られたア・族の村に入る。目の前に広がるのは草原と畑のようなものと、木で出来た家屋、そして村の中心にそびえる神樹。果たしてアレは本物なのか?
じゃあ、はじめようか。
(クロ、アテンから見えない位置で魔眼発動していいよ、見えるもの全て鑑定して私に教えて)
(うむ、まかしろ!)
私はアテンとの会話でも楽しもうか、気が変わられては困るのでここに来るまでは無言を通した。ここから先は遠慮することはない。
(リン、、)
(ん?)
(カーサが、居たのだ、、)
(んん?)
目に見える限り、カーサの姿はないけど。代わりにそこらじゅうからハーフエルフが姿を現す。その手には弓や細剣を持ち、矢は私を狙い。細剣もいつでもスキル発動が出来る状態で構えている。ハーフエルフ達の目は一様に虚ろで、己の意識を持っているようには見えない。
「では、リンさん。こちらへ」
アテンがこの状況を気にした風も無く私の横を通り過ぎ、先に歩き出す。
「あのー、この状況を説明して欲しいんですけど?」
先を歩くアテンに質問する。
「ダマレ、薄汚い人間」
なんか、すごい言葉が返ってくる。
「ぇー、なにそれ」
こちらと同じで向こうも気を使う必要が無くなったということなのかな?
アテンがこちらを振り返り言う。
「上手くカ・族に取り入ったようだが残念だったな。お前達人間は、他人を出し抜くことしか考えていない汚い生き物だと言う事を私は知っている。死にたくなければ黙ってついて来なさい」
怒っているかのような、自笑しているかの様な、複雑な感情をその今まで無表情だった顔に浮かべて私を睨んでくる。
何が彼女をここまで変えてしまったのか。
「お前達人間の犯した罪、その身で償ってもらう」
これは、おそらくあのニーガンという人の祖先の罪の事だろう。それを人間族の罪として私に償えというのはお門違いだけど、まあ言うだけ無駄か。
(リン、あの神樹は偽物なのだ。おそらくこいつの言っている罪というのはそこらへんも含まれてると考えれば辻褄が合うのだ)
(辻褄?)
ニーガンの言っていた過去の襲撃の時に神樹も焼け落ちてしまったということだろう、ハーフエルフ達に使われている木片はその神樹の燃え残りというところか、ア・族には護るべき神樹が存在しなくなった。過去の約束を守れなくなったアテンが絶望し人間を怨む様になってしまったのはどうしようもないことなのかもしれないけど、辻褄というのは一体。
(カーサのことなのだ!)
そう言うクロの視線の先には、ひときわ立派な屋敷があり、その屋根を突き破り美しい樹木が顔をのぞかせている。
ソレは、先ほど偽物と断定されたモノとよく似た、しかし、若々しい、、ああ、そうか、、
力が抜ける。
変わりに全てがどうでもよくなる。
間に合わなかった、、、
アテン、何という事を、
「自分が何をしているのか、わかっているの?」
「? お前にはア・族の新しい神樹の最後の仕上げを手伝ってもらう」
「最後の仕上げ?」
「そうだ、お前という存在のみで意識を保っている巫女の最後の望みを、目の前で断つ」
「……あぁ、カーサの意識がまだ残っているのね?」
よかった。
「そうだ、既に神樹となった今でも意識を保ち、お前を待ち続けている。健気なものだ、、」
そう言うアテンの顔には、深い悲しみが滲み出ている。己とカーサを重ねているのだろう。
……愚かだ。
……あまりにも、愚かだ。
……そして、哀れだ。
……だけど、理解出来なくもない。
…………もういい、終わらせよう。
「貴方の思い、解らなくもない」
「?」
「だけど、私の友達に手を出した事、許すことはできない」
「何を知った様な口を聞いている?」
「カーサの想いと自分の誓いを重ねたのでしょ?」
「ダマレ! お前に何がわかる!!!」
「そんな事をして、アテンが喜ぶと思うの?」
「な、な、何だお前は!? 殺せ! いますぐ殺せ!」
手を伸ばし、宙を掴む。
それは、全ての糸、掴んだ糸を、手をクイっと引く。
「さよなら、可愛らしいアテン」
「な、なぜその名を知っ、、、、」
驚きの表情のアテンの首が、全てのハーフエルフの首が地に落ちる。
……静寂。
「行こうか」
「うむ」
カーサのいる屋敷へ歩き出す。




