01話:空に浮かぶ月
新連載スタートです!
俺は勇者だった。
異世界に召喚され魔王討伐の旅に出て、それで悪しき魔王を倒す。まるで夢のような冒険譚。人々を守り、救う、希望。それが俺だった。そのはずだった。
物語に出てくる勇者は、仲間と信頼を築き上げ、四天王を討伐し、魔王をも打ち倒し、世界を救う。俺も同じようにした。ついに魔王を討伐し、世界を救った。
でも、俺は物語の主人公じゃない。『魔王を倒しました。めでたし、めでたし』で人生が終わるわけではなかった。
続きがあった。目を覆いたくなるような地獄が、俺を待っていた。
裏切りだ。
「本当に俺のことを殺したくて仕方がないみたいだな」
後ろからは追手が迫ってきている。魔王を倒すことにできる勇者なんて言う存在は王にとって、脅威でしかなく、国民にとっては、人外の化け物でしかなかったらしい。
命を懸けて、守ろうとしたもの。そんなものはもはや幻影でしかなかった。
戦い、傷つき、そして手に入れられたはずのもの。それも結局は幻に過ぎなかった。ともに戦った友を斬り、信頼を築き上げていたはずの仲間も手にかけた。
『なぜ!』と叫んだ!
『殺したくなんてない』と泣いた!
でも殺さなければ、殺された。奪わなければ、奪われた。
結局のところ俺は、彼らにとって勇者という名の『駒』でしかなかったのだと、裏切られてようやく悟った。暗い、とても暗い、月の光だけが頼りな真っ暗な夜に俺は一人森の中を駆け抜ける。着いたのは断崖絶壁、後ろからは追手の声。俺は月を見上げた。
「こんな、こんな地獄が待ってるなら、あんたに殺されたほうがまだ、よかったのかもしれないな。だって、あんたの国は……みんなあんたのことを信じてた」
王への思いを残し、散っていった強敵たちのことを思い出し、彼に俺は少しだけ妬いてしまった。
自分でその全てを奪っておきながら、都合のいいことだと思いながら俺は一歩前に踏み出した。全身を包む浮遊感。
そして、俺は月明かりに照らされながら目を閉じた。流れ出す血とともに意識がゆっくりと消えていくのを感じていた。
2019/10/06 一部表現を追加いたしました
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