転職
「当店にご応募頂いた志望動機を教えていただけないでしょうか?」
「・・・志望動機は・・、旅先で食べたピザが忘れなくて、あとは旅の道中は自炊していたので料理に興味がありまして、それでピザ屋さんをやってみたいと思って応募しました」
「アルバイトの面接なんだからそんなに固くならなくて結構ですよ。コーヒーどうぞ飲んでください。それで旅って、どんな旅だったんですか? このあなたの『履歴の書』にも旅って書いてあるのですが・・・」
俺は少し前まで所謂、勇者と呼ばれる存在だった。邪悪な世界征服を企む魔王を討伐すべく、世界中を旅して、行く先々で仲間を集め、悪いモンスターを退治し、困っている人々を助けたり、伝説の武器を手に入れたりして、魔王を倒して、やっと世界に平和が訪れた。長い旅だった。王様から勲章を貰ったり、町の人たちから感謝され、数日は至れり尽くせりだった。数日だけは。
世界に平和が訪れると、当然、勇者は廃業。魔王の手下のモンスターたちは人を襲ったりしなくなり人々は気軽に町の外に出れるようになった。世の中が平和になったということで、武器も必要がなくなり、不必要に剣や盾の所持や売買が禁止になった。せっかく集めた伝説の剣と盾と鎧は没収された。即ち、職を失ったわけだ。
仲間たちはなんとかうまくやっているらしい。武闘家のあいつはフィットネスジムのインストラクターになったらしい。僧侶のあいつも教会でなんとかやっているらしい。遊び人のあいつはカジノを経営して儲かっているそうだ。盗賊のあいつはなんと正反対の城の警備を真面目にやって今度、結婚するっぽい。魔法使いのあの子は修業を続けると言ってどこかに行ってしまった。一緒に旅する仲間の中で一番長い時間を過ごした魔法使いの女の子だったけど、結局、何もなく、何も言えずに彼女はどこかに行ってしまったのだ。
最初に酒場のボーイなんかやってみたけれど、長続けられず、道具屋とか市場なんか働いてみても続かなかった。どこに行っても『元勇者』ということで最初は期待されるのだが、「ちょっと買い被ってたよ」といって見放される一方だった。職を探しても国中に俺が『元勇者』というのが知れ渡っているので、とうとう居場所を失い、この知らない国に逃げてきたのだった。
「旅っていうのはですね・・。えっと、モンスターを退治したりですね・・」しどろもどろになって、店のご主人から頂いたマグカップに入ったコーヒーを飲むタイミングを失ってしまった。
「あ、もしかして勇者目指してたとか?」幸いにもこの国では顔を知られていなかった。
「そんな感じです。困ってる人を助けたりとかしてましたね・・」
「今は勇者とかいらない世の中ですからね。それじゃ、体力とかにも自信はあるんですか?」
「まぁ、ありますよ」
「デリバリーのスタッフが足りなくてですね、それに今、人手不足で募集してもなかなか人が来なくてねぇ、良ければ是非、あなたにお願いしたい」
「ほんとですか?!」
そんな感じで職は決まったというものの、初めてのデリバリー先がまさかあんなところだとは思わなかった。
店舗ではもちろんホールとキッチンの仕事はある。デリバリーの注文はキメーラというモンスターがオーダーリストをくわえてきて、それに書いてある。ピザという食べ物はこの国の名産だが、他の国では馴染みなく、珍しがられて他の国から注文が来たすることも珍しくないそうだ。焼いたピザは日持ちがしないので、生地とトッピング等も持っていき、お客様のかまどを借りて調理する。
店舗での研修は順調に終わり、二週間が経ったある日、キメーラがオーダーリストをくわえて舞い降りた。店のご主人が俺を呼び出し、「君、初のデリバリーを頼むよ。行き先は『魔王の城』までね」
「『魔王の城』ですか?!」
「そうだ。どうやら誕生パーティー用のご注文だよ」