得たもの 失ったもの 2
蓮華達が洗面所から戻ってきたところで、僕もリビングへ。ベッドの前に腰掛けると、水月が降りてきて左隣を陣取った。そして僕の左前にすみれさんが。一歩遅れて、右前に蓮華が正座する。その表情には不安があった。
「何かあったの?」
「母様から電話で……葵が、行方不明のままらしくて。スマホも電波の届かない場所にあるみたいで、本家の方は『葵が神隠しにあった』って騒ぎになってるみたい」
昨日の出来事以降、蓮華からは王子様の仮面が外れ、口調も昔のそれに戻っていた。不安もそのまま表情に出ていて、心配が伝わってくる。
それを払拭するように、水月が微笑んだ。
「そのことなら心配するな。アオイは同胞と共にある。暫くして事態が落ち着いたら、一緒に戻ってくるだろう。同胞は、アオイを護る為に彼女を連れて行ったのだからな」
「ど、どういうことです?」
「神は執筆者が想像するものだ。『かくあれ』と周囲が望み、執筆者がそれを叶えたとしても、その根底には執筆者の望みが反映されている。儂やすみれがそうであるように、何かあれば執筆者を最優先にする訳だ。同胞は御神家の神ではなく、アオイの神なのだからな。
だが、同胞は葵の全てを把握していた訳ではなかったようだ。蓮華の母の話にあったように、御神家側に都合よく想像されていた結果、必要最低限の接触しかしていなかったらしい。
しかし、予期せぬ要素が三つあった。
一つ目は、ナオトだ。蓮華のそばにナオトがいたことで、蓮華は本家が与える『御神家の人間』としての運命から外れる行動を多々取るようになった。
二つ目は、蓮華だ。ナオトの影響があり、駄目だ、と言われても蓮華はアオイのところに遊びに行くことが出来た。そんな蓮華からナオトの話を聞いて、アオイは恋というものの存在を知ってしまった。
そして三つ目は、それによってアオイが自らの恋を自覚したことだ」
恋。
思ってもいなかったその言葉に、僕達は驚くしかない。
水月が難しい顔で言葉を続けた。
「親や親族から教えられる恐ろしい神、おんかみさま。それは人を罰し、時に御神の人間相手でも厳しく当たる。故に本来であれば、巫女はその存在に畏怖するはずだった。――だが、アオイは焦がれてしまった。彼女の持つ、元来の被虐性故に、な。それが『おんかみさま』に対する想像に変化をもたらした。
結果、二人の関係性は、御神家の定める神と執筆者という厳格さを維持したまま、歪んでいった。同胞はより厳しくなり、アオイはより畏縮し、従順になっていった訳だ。
はたから見れば、二人は御神家の理想だっただろう。だから周囲は何の疑問も挟まなかったようだし、本人達も明言したことはなく、無意識だったようだ。だが、昨晩全てが明かされた。御神家の真意。アオイの現状。そして、彼女の秘めたる想い。故に、同胞はアオイを連れ去ったのだ。アオイを護り、彼女の想いに応える為に」
「「……、……」」
「少女は理想の神を想像した。そして神はそれに応え続ける。これからもずっと、な」
いつか、運命の人が――なんて。
誰もが一度は考え、ありえないと否定する想像が、現実に具現化したようなものだ。
思わず蓮華を見ると、彼女は困惑しつつも、水月を見つめた。
「では、葵は自分の意思でおんかみさまと一緒に?」
「ああ。蓮華としても、思い当たる節があるんじゃないか?」
「……。言われてみると、確かにあの子にはそういう、被虐的なところがありました。ですが……」
困惑を隠せない様子で、蓮華が呟きを漏らす。その時、すみれさんの髪が、風もないのにふわっと舞った。
■
「ごめんなさい、かみさま……。葵は悪い子です。ですから、葵に罰をお与えください。今日も、明日も、ずっと……」
■
「すみれさん?」
「ちょっと電波が……。……えっと、心配要らないと思います。今、凄いものが見えたので」
「え、何が見えたんです?」
「んーと……」
すみれさんが恥ずかしそうに言う。
「おんかみさまと、元気そうな葵さんと……乱舞するハートマーク、です」
「マジですか」「嗚呼……」
驚く僕の隣で、蓮華が天を仰いだ。
「わ、私は家にどう報告すれば……」
「放っておくのが一番だろうな。同胞には悪意などない。アオイに求められる限り、それに応えるだけだ。精神的にも――肉体的にも」
「で、ですが……」
「例えば、食料の心配のない無人島に、ナオトと二人きりで放り込まれたら、蓮華はどうする?」
「――帰りません」
「それが答えだ」
「うぅ……」
「蓮華、即答しといてダメージ受けないの」
「だってぇ……」
蓮華が僕のベッドに突っ伏し、頭を抱える。僕は苦笑しながら、その頭を軽く撫でた。
今にして思うと、蓮華の王子様キャラは、葵が作り出した――御神家に『かくあれ』と与えられていたものだったのだろう。なのに、蓮華が『おんかみさま』の運命操作について知らなかったのは、近くに僕がいたからだ。
他の執筆者に余計な情報が渡らないように、蓮華は御神家の秘密を知らされていなかったのだ。だから蓮華は、あの御神の血を引きつつも、他人を損得で計らない性格になっている。
そう。素の蓮華は、腕っ節が強いだけの、普通の女子高生なのだ。
……ただ、僕も内心ではショックを受けている。
昨日からタイムラインに現れていない三つ葉さんに対して、僕は清楚なイメージを持っていた。でも、実際の彼女は被虐趣味のエッチなJK(彼氏持ち)だったのだ。勝手な思い込みだったとはいえ、動揺を隠せない。今後彼女の作品を読み返す時、ちょっと変な気分になりそうだった。
でも何より――彼女が無事でよかった。
今までずっと抑圧されていた分、愛する人と存分に楽しんで欲しいと思う。
十六年分、たっぷりと。
「けど、あの短時間でどうやって説明したんです? 水月は僕が知っている以上のことは――あ、すみれさんは何でも解ってるんでしたっけ」
この星が生まれてから今日までの、全てを。
「そうです。壁を壊して結界が緩んだ瞬間に、この星の情報を全部取得出来ましたから。それと、氷雨さんが倉庫へと電話をかけたことで、そこにいる人達の物語も紐解けました。そうして得られた情報を圧縮して、おんかみさまにお渡しした訳です」
「圧縮……?」
「神様ですから。人間だと発狂するくらいの情報量でも、全然平気なんです」
笑顔で凄いこと言うなこの人……。
「筒抜けですよ?」
「そうだった!」
何のことはない。以前から、すみれさんは僕の心を読めていたのだ。それまでは無意識だったものが、神として繋がりなおしたことで完全となり、水月と同じように筒抜けになった、という訳だ。
つまり、さっきの三つ葉さん関連の思考も筒抜けだった訳で、僕はそれとなく視線を逸らす。
水月にはバレても平気な思考でも、すみれさん相手だと妙に恥ずかしい。男の子だもの。
気を付けないとなぁ……。と思ったところで蓮華が顔上げ、すみれさんを見た。




