第九十三話 衝突
流は菜月に抱きつかれた状態のまま固まっている。
クラスの注目を浴びている以上、妙に慌てたりすることができないのだ。
(って言うか、いきなり抱きついてくる奴があるか!)
心の中で叫びつつも流は落ち着いた風を装いながら菜月を自分の体からゆっくりと離す。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ。それよりも流先輩、お姉ちゃんはどこですか?」
「ああ、水月ならそこにいるよ」
流が指さすと菜月が流の横からのぞき込む。
「本当だっ、お姉ちゃーん!」
近くにいるはずなのに菜月は大きな声で水月を呼んだ。
「はいはい。分かってるわよ」
呆れた表情で流たちの近くまでくると、そのまま流たちを押して教室の外まで連れていった。
入り口で固まっていてはみんなの邪魔になると考えたのだろう。
そうしてから水月は菜月から包みを受け取った。
「なんだ、それ」
「ん?お弁当」
流が訊くと水月は包みを目の高さまで持ち上げて言った。
「何だ?作ってもらったのか?」
「うん」
「へえ……」
じっと流が水月の顔を見る。
すると水月はそれに気づいたのかニヤリと笑うと流の顔に自分の顔を近づけた。
「……っ!」
流は一瞬表情を変えるが、すぐにまた平静を取り戻した。
「あんた今、私が料理できないと思ったでしょう?」
言いながら水月は流の首に手を当て、そこから魅惑的な手つきで首筋をなぞる。
「う………」
「言っとくけど私の料理はおいしいわよ」
今度は流に寄り添う形でそっともたれ掛かる。
「お姉ちゃんだけずるいっ!私もやるっ!」
菜月が対抗心を燃やして流に抱きつく。
今、流は丁度美少女二人に前後から抱きつかれている状況だ。
大抵の男はこの状況に置かれたらうれしいと思うだろう。
しかし、今の流にとってこの状況は刺激が強すぎる。
「………………うっがああああああ」
「あ……」
「わ……」
ついに耐えきれなくなったのか、流は奇声をあげながら二人から逃れた。
「はあ、はあ……お、お前等二人は……少し羞恥心がなさすぎる。もう少し女の子としてだな……」
そこまで言ってハッと息を呑む流。
二人の行動に我を忘れてしまい、思わず普段の自分では言わないような言葉を発してしまったからだ。
菜月はそれを聞いても首を傾げているだけだが、水月は違う。
流の方をじっと見つめている。
それも何か悪戯っぽい表情を浮かべながら。
「い、いや……これはだな……」
流が弁解しようとした瞬間、突然誰かに横からぶつかられ、流ははね飛ばされるように横に転がった。
それも当然。
ぶつかってきた相手が流よりも遙かに大きいのだ。
「っと、悪ぃな」
相手は全く悪びれる様子もなくそう言うと、そのまま通り過ぎていった。
「り……流、大丈夫!?」
慌てて水月が駆け寄り、流の体を起こす。
「…………だめ」
「駄目なの!?それは大変!人工呼吸しなきゃ」
言って、水月が流の顔を近づけてくる。
「だあああぁぁっ!!待て待てっ!分かった、俺が悪かった!冗談だ、冗談」
慌てて流は水月の手から逃れた。
チッと小さく舌打ちをすると水月はゆっくりと立ち上がった。
流も立ち上がり、ぶつかってきた相手の方に目をやる。
廊下を歩いているその姿は誰よりも大きい。
「なあ、俺あいつ見たことあんだけど………」
「奇遇ね。私もよ」
流と水月が二人で一見を合わせる。
彼を見たのはつい最近のこと。
不良っぽい男が体躯の大きい男にからまれていて、菜月が口を挟み、そこに流が助けに入ったときのことだ。
「薫君だよ」
菜月のその言葉に水月と流が振り返る。
「菜月、知ってるの?」
「うん、知ってるよ。だって同じクラスだもん」
水月の問いに菜月が頷いてみせた。