第九十二話 緊張
晴樹がいなくなって流は疲れたように大きなため息をついた。
「どうしたのよ?ため息なんかついちゃって」
近くにいた水月がそう言って近づき、流の前にある机に腰掛けた。
ふわりとしたいい匂いが流の鼻をかすめる。
そんなちょっとした事でさえも、流の体に緊張が走った。
(まずい……今の状態だとこいつは天敵だ)
考えながらじっと水月を見つめる。
「?……何よ」
何も言わない流を不審に思ってか、水月が流に顔を寄せてくる。
「ぬおっ!」
その行動に流は思わず後ろに身を引いてしまった。
固まる水月。
もちろん流も固まっている。
「…………流、あんた今何した?」
化け物でも見たかのような目で流を見る水月。
今まで流がしてきた行動とはまるで反対の行動をしたのだからされた本人としては当然の反応だろう。
「い……いや、別に」
思わず顔を背ける流。
(やばい………明らかに不自然すぎる。何か早く対策しないと)
そう考えて流は目だけ動かして辺りを見回す。
(……って、よく考えたら机の上に座ってたらスカートん中見えるんじゃないのか?)
そこまで考えてハッとその考えを振り払う。
しかし一度考えてしまうとそのことが気になってしまうのが人間である。
流はできるだけ前を見ないように顔を俯けた。
「ちょっと、流。どうしたのよ」
「いや、ちょっとな………俺にも色々あるんだよ」
「色々って………明らかに様子がおかしいわよ」
「まあ………まあ、色々と………」
呟いて流は席から立ち上がった。
そして水月の体を持ち上げ、机から下ろした。
「え……?」
流の行動の意味が分からないらしく、水月は思わず声を漏らす。
「いや………その、机に座ってると……見えるからさ……スカートの中…」
羞恥心により流は言葉につっかえながらもそう呟いた。
「へ?………あ、ありがと……」
意外な言葉に水月も動揺する。
「……………」
「……………」
「じゃ、じゃあ俺ちょっとトイレに行ってくるな……」
「あ………ちょっと、流!」
少しの沈黙の後に流がドアの方に駆け出す。
しかしドアからでたところで誰かとぶつかってしまう。
「うわっと!」
「っむ!」
ぶつかった相手は小さく、後ろに倒れてしまうが、流はそれを反射的に抱き止めた。
「あっ、流先輩だ!」
ぶつかってきた少女、菜月はそう言って抱き止められている状態から流に抱きついた。
その行動に流は思わず卒倒してしまいそうになる。
ただでさえ『浮いた心』が無くなってしまっているのに、今回のこの行動は完全に不意打ちだ。
さぞかし今の流にとっては辛いことだろう。