第八十六話 重さ
「それがお前の………ナンパ者を演じていたという理由か……?」
「ああ」
ヨウの問いに流は頷いてみせる。
「何故だ?何故そんなに回りくどい事までしてるんだ?」
「そうだな……簡単に言っちゃえば、告白されたくないんだよな、俺」
「…………」
「自惚れだと思うか?まあ、無理もないよな。実際そうなんだし。……でも、俺は一回実際に告白されたんだ。で、俺がそれを断ったら、そいつとの友人関係が崩れたんだ。簡単に。………そのとき思ったよ。告白は友人関係を崩す。もちろん成功する場合もあるんだろうけど、失敗すれば確実に壊れる」
そう説明した流の表情は無感情。
あくまで自分の考えを述べているだけだ。
その話を聞いてヨウはあまり良い感想は抱かなかったようだ。
顔の表情から不機嫌な様子が読みとれる。
しかしヨウは首を横に振ってその気持ちを払うと流の方に顔を向けた。
「………まあ、いい。考え方は人それぞれだ。……しかしこれからはどうするつもりだ?もうそれもできないだろう?」
ヨウに訊かれ、流は肩をすくめた。
「何とかなるだろ。今の状態だと、みんなからそんなに良い印象を受けていないだろうからな」
特に切迫した様子もなく、流は面倒くさそうに呟く。
「まあ、実際のところどうにかしようとしても足掻きようがないからな。俺の感情から『浮いた心』が抜け落ちてるわけだし」
「……確かにそうだが………」
「何だ?何か気になる事でもあるのか?」
歯切れの悪いヨウを見て流が尋ねる。
「いや、気になるというわけでもないんだがな。………『浮いた心』はいわばお前がもっとも大切にしていたものだろう。……それを無くして何故おまえはそんなに平然としていられるんだ?」
「……平然と、か。ぜんぜん平然としてないんだけどな……。まあ、いいや。そうだな………簡単に言えば重さの違い、だな」
「重さ?」
ヨウが訊き返すと流はああ、と頷いて話を始めた。
「重さって言うのは価値の重さだ。今回の取引で俺は確かに『浮いた心』を失った。……でもそうしたおかげで明の命が救えた。だったらいいじゃないか、それで。たとえそれで俺が死んだとしても後悔はないな」
話し終えると流は息をついた。
それを聞いてヨウは思わず笑みをこぼした。
「そう言えば昔もお前はそんなことを言っていたな」
「え?マジで?」
本人には自覚がないらしく、驚きの表情を浮かべた。
「ああ………」
呟いて、ヨウは昔した会話を思い出し始めた。
『………それが、君の失ったものだ』
『………………』
『やはり、辛いか?』
『…………ううん。大丈夫』
『本当に平気か?』
『……………』
『……辛いんだな』
『………ううん。平気。だってこれでお兄ちゃんは大丈夫なんでしょ?だったら平気だよ、そんなの』
『………でも、私と取引したせいで……君は………』
そこまで思い出してヨウがハッとして流の方に目を向ける。
「流っ!」
ガシッと流の肩を捕まえてヨウが自分と向き合わせる。
「な……何だよ?」
流はもちろん、戸惑いの様子を浮かべている。
「お前、『あの時』の少年なんだな?」
「あ……ああ。そうだな」
「だったら……だったらお前は………私との取引で………」
ヨウのその表情はひどく切迫している。
しかし流にはヨウにそこまで切迫させるような理由が思い当たるのか、気まずそうな表情を浮かべている。
「あー。とりあえず、落ち着けヨウ」
「これが落ち着いていられるか!」
「………とりあえず、お前すごく目立ってるぞ」
苦笑をしながら流が呟く。
ヨウは辺りを見回すと赤面して下を向いてしまった。
とりあえず落ち着いたヨウを見て流は安堵のため息をつくと、真剣な表情でヨウに話しかけた。
「なあ、ヨウ。この話題にはなるべく触れないでくれ」
「……………」
「お前が心配してくれるのはうれしいんだけどさ、俺もその件に関してはなるべく自分の中でも触れないようにしているんだ」
「……………」
ヨウは流の雰囲気を察してか、そのまま静かに頷いた。
「よし。………じゃあ、帰るか」
そう言うと同時に流は立ち上がった。
続いてヨウも立ち上がる。
「………と、そうだ。……ヨウ、今日はお前が料理を作ってくれ」
「?………どうしたんだ、急に」
「今日はお祝いだからな」
伸びをしながら流が呟く。
「お祝い?……ああ、明が助かったからか?」
「それもあるけど、『俺が頑張った』パーティでもある」
「………確かにな」
流の腕を見て苦笑し手ながらヨウが頷く。
「そして、『お互い色々なことを打ち明けた』パーティ」
「……何だ、それは」
「打ち明けるって事はさらに家族の絆が強くなるってっことだからな。別名、『家族の絆が深まった』パーティ」
「まんまだな……」
呆れたように呟くヨウ。
「まあ、良いだろう。お前がそこまで言うのなら腕によりをかけるぞ」
「ああ。今日はどんだけ食材を使っても良いからな」
流が笑顔でそう告げる。
後に流がこの言葉を口に出したのを後悔したのは言うまでもない。