第八十四話 素性
「お前は素性の知れない私を家に入れてくれるだけでなく、家族とまで言ってくれた」
ヨウが俯きながらそう呟く。
その表情は真剣そのものだ。
そしてその表情のまま流の方に体ごと顔を向ける。
「だからこそお前に謝っておきたい。………今まで私の素性を隠していて悪かった」
そう言うとヨウはそのまま頭を下げた。
ヨウの素性………『悪魔』であるという事実はすでに流は知っている。
ヨウはそのことを今まで流に言わなかったことを謝ってるのだ。
「………気にするな。俺は元々お前の素性を知っていたわけだし、それに俺だって隠し事はいっぱいある」
「それはお前が私を受け入れてくれたんだから当たり前……」
言いかけたところで、流は手のひらをヨウの前に出して止めた。
「言っただろ?俺とお前は家族。だったらどっちが受け入れたとかは関係ない」
言った後で流はしまった、という風に焦りの表情を浮かべるが、ヨウの顔を見てそれも一瞬で消えた。
対してヨウは何か考え込んでいるのか、難しそうな表情をしている。
少し間をおいて、ヨウは顔を上げて口を開いた。
「…………何故、そんなにお前は私のことを信用してくれるんだ?」
様子を見るようにしてヨウが尋ねる。
それを見て流はベンチの背もたれに体重を預け、空を仰ぎ見た。
そして一息つくとその状態のままヨウの方に顔だけ向けた。
「さっきも話したと思うけどな…………俺、昔お前に会ったんだ」
流がポツリと昔を思い出すように呟く。
「そんなわけがないと思った。……まあ、昔と変わらない姿で出てきたんだから当たり前だな。でもお前はあの時自分が悪魔だと言った。……確かにこの年になってまだ悪魔やら何やらを信じてるのはおかしいけどな。それでもお前が悪魔だと……あの時俺と取引をした悪魔だと確信していた。理由は簡単、実際成功するはずがないと言われていた兄貴の手術が成功したからだ。今考えると、その手術は確かに成功する確率はほぼゼロだった。と、まあこんなところだ。つまりお前は俺の恩人。恩人を信用しないわけ無いだろ?」
「待て。………そうするとお前は……やはりあの時の少年なのか?」
「その『あの時』って言うのが病院の中だったら、それは俺だな」
「……………」
安堵の表情を浮かべ、流を見つめるヨウ。
「…………どうした?」
黙ってしまったヨウを不審に思い、流が声をかける。
その声に反応するようにヨウはいつもの表情に戻ると、慌てるようにして取り繕い始めた。
「あ…いや、えっと……その………大きくなったなぁって……」
「……まあ、そりゃあな」
当然のように流が頷く。
少しの沈黙。
しばらくしてヨウは深呼吸をするように大きく息を吸うと、覚悟を決めたように口を開いた。
「そうだな。この際話しておこう」
ヨウが居住まいを正し、先ほどの表情に戻る。
「実は私はお前に会いにきたんだ。……それはもちろん私的な理由ではなく、仕事で」
「仕事?」
「ああ。『悪魔』としての仕事だ。それの第一目標はまずお前に会うことだった。だからさっきはあの時の少年がお前だと分かって安心していたんだ」
「俺に会うことが目標だったって……何で『あの時の少年』が俺だってすぐ分かんなかったんだ?悪魔なんだから一瞬で分からないのかよ。それぐらい」
「ああ。無理だな。何となく近くにいるというのは分かるんだが、特定はできない」
「何か、悪魔って大したこと無いな」
「確かにな」
流が呆れた表情で言うと、自分でもそう思っていたのかヨウも苦笑しながら呟いた。