第八十一話 原因
「そう言えば、そのリボン……」
しばらく歩いて、商店街の入り口辺りに来たとき、唐突に流が思い出したように呟く。
「ん?」
明が振り返ると、流は明の頭の方を指さしていた。
流の言っていることが分からないのか、明はとりあえず自分の頭に手を乗せる。
すると、ふわりという感覚とともに朝の記憶が蘇ってきた。
(……リボン、はずすの忘れてた)
しまった、という風に明の表情が切り替わる。
朝、明は鏡で自分のリボンをつけている姿を見ていた。
その時、そのリボンをはずしていつもの髪紐に変えるつもりだったのが、鏡を見ている自分が恥ずかしくなってリボンをつけたまま出てきてしまったのだ。
つまり、今の明の姿は朝に鏡で見た姿と同じというわけだ。
「やっぱり似合ってるな」
「え?」
流の言葉に明が反応する。
「ほ…本当か?」
「あ……ああ、もちろん」
明が詰め寄ると流は後ろに後ずさりながら答えた。
「本当なんだな?」
明がさらに詰め寄り、二人の顔の距離数センチ。
「ああ、本当だ。っていうか、顔が近い!」
そう言って流は明の肩を押して二人の距離を離した。
その行動をとって流は自分の行動に違和感を覚える。
押し戻された明に至っては唖然としている。
(あれ?今、俺……何で……?)
今、確かに流は明を押し戻した。
理由は女の子に詰め寄られて恥ずかしかったからだ。
確かに前から流は詰め寄られるのは苦手だったが、それは別の理由からだ。
「流……?」
いつもと違う行動をとった流を明が心配そうな目で見ている。
「お前……まさかさっきの転倒で頭を打って……」
「明、それたぶん俺に対して失礼なこと言ってるよな」
呆れた表情で文句を言う流。
「いや、でもそれ以外には考えられないだろ?」
「考える、考えない以前に俺は正常だ!」
怒ったようにそう言った後、流は明を見てニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「それとも何だ?明は俺に何かされた方がうれしいのか?」
「ばっ、馬鹿っ!そんなわけ無いだろっ!…ああもう!こんな馬鹿なこと言ってないで早く病院行くぞ!」
すたすたと再び歩き始める明。
と、その後すぐに足を止めた。
「ありがとう」
「は?」
突然の言葉に流が声を上げる。
「だから、誉めてくれてありがとうって言ってんだ!その……うれしかったから」
「あ……ああ」
「それだけだっ!ほら、早く病院行くぞ!」
照れたように顔を背けながらそう言うと、明は病院の方に向けて先を歩いて行ってしまった。
「待てって。というか、その前に商店街寄らせてくれ。ヨウと洋平を待たせてるんだ。弁償もしないといけないしな」
「……ああ、そうか。わかった」
それだけ言うと明は方向転換し、商店街の方に足を向けた。
「……………」
その後を追いながら流は考え込む。
先ほどの感覚。
それは『照れ』というものだろう。
ナンパ者である流にとって、これはほぼ無いに等しい。
「何がなんだか……」
疲れたように呟くと流は透き通る青の色をした空を見上げた。
何かが違う。
何かが自分の中で変わっている。
そしてそれはおそらく流にとって大切なものだろう。
流にはすでにその原因は分かっている。
先ほどの違和感の原因、それは………
『取引』だ。