第八話 コロッケ
ーナンパ開始から1時間後。
結局一人もナンパに成功しなかった流は一人でカツサンドを食べながら商店街を歩いていた。
しかしその表情には落ち込んだ様子は無く、むしろそれを楽しんでいるようにも見える。
「よう、また誰もかからなかったみてえだな」
突然横から声がし、流がその方向に顔を向ける。
目の前にあるのはコロッケ屋。
そのカウンターに30代前半くらいの男が口元に嫌らしい笑みを浮かべながらこっちを見ていた。
「ああ一人もかからなかったよ」
「そうか、そりゃあよかった」
嬉しそうに男が笑う。
「人の不幸を喜ばないでくれよ、拓哉さん」
「ああ、悪い悪い」
コロッケ屋営業中の細川拓哉は全然気持ちの伝わらない口調で謝った。
「お詫びにこれやるよ。後、景気付けにな」
そう言って差し出す手にはコロッケを包んだ袋が握られている。
「おっ、サンキュ。これで夕飯代浮くよ」
「なんだあ?お前またそんなちんけな食事してんのか?」
「こっちも生活が苦しい……っと!」
流が話している途中で突然誰かが流にぶつかって来た。
危うくバランスを崩しそうになった流だが、ギリギリのところで踏みとどまる。
「誰だよ……」
ぶつかられた方向に顔を向ける流。
しかし目の前にあるのは人の姿ではなく、賑わう商店街の風景。
「あれ?」
拓哉の方に顔を向けると、なにやら指で下を示している。
「?」
そのまま拓哉の差す方向に顔を向けると、足元に人がうつ伏せになって倒れていた。
その人物を指で示しながら、拓哉の顔を窺う。
「ああ、そいつだよ。お前にぶつかって倒れた……いや、正確にはぶつかりながら倒れたと言うべきか」
「……マジで?」
「ああ、マジだ」
流が大きくため息をつきながら再び下を見る。
見る限りでは結構小柄だろう。
そして少しバラけてはいるが金髪の髪の長さ的には女だ。
「とりあえず、そいつ連れてそこをどけ。これじゃ商売が出来ん」
「この娘、拓哉さん家で預かれない?」
「……無理だな。面倒事は嫌だし、何よりもお前の頼みってのが嫌だ」
「………そうですか」
呆れた顔でそう言うと、流がその娘を後ろに背負った。
「流っ!」
そのまま歩き出そうとした瞬間、拓哉に呼び止められる。
そして流が振り返った瞬間、何かが流に向かって投げられていた。
「わっ!」
慌てて少女を背負いながらそれをキャッチする流。
そしてその手に握られていたのはコロッケの袋。
「その娘の飯の分だ。どうせ、家に連れてくんだろ?」
「……一応、感謝しときます」
「ああ、大いに感謝しておけ」
それに流は手を挙げて答えると、一つため息をついて家路についた。