第七十八話 覚悟
しばらくして、流は口を開いた。
「俺の記憶はそのままで、明が事故に遭う一時間前に移動させてくれ」
「一時間前……?」
ヨウは首を傾げる。
明を助けたいのならば『明を助ける』を取引の材料にした方が良いはず、というよりもそちらの方がより確実なはずだ。
「ああ、一時間前に遡って明を助ける」
「…………いや、それは危ない」
少し考えてからヨウが提案する。
「?……どういうことだ」
流はヨウの提案の意味が分からないため眉をひそめる。
「『過去を変える』ということは難しいことだ。その事象が起きる原因を過去に戻ってお前が無くしたとしても、別の原因でその事象が起こってしまう。お前と過去のお前で全く同じ動きは出来ないだろう?そこの相違点から原因が生まれてしまうんだ」
ヨウが説明をするが流にはいまいち伝わらなかったようで先ほどと変わらない表情をしている。
「つまり、せっかくお前が原因を無くしてもまたその事故が起きる可能性があるということだ」
「なるほど……じゃあ、どうすればいいんだよ?」
納得したように頷いてから流がヨウに尋ねる。
「普通に『河野を助ける』じゃ、駄目なのか?」
「それは………駄目だ」
「何故だ」
ヨウが尋ねると流は何かを振り払うように頭を振った。
そしてゆっくりと口を開く。
「違和感が………残るからだ」
「違和感……?」
「ああ。ここでいきなり明の傷が治ったらどう思う?………明らかにおかしいだろ?」
流の言わんとしていることが分かったのか、ヨウが頷いた。
「なるほど……そういうことか」
呟いてヨウはベンチから立ち上がると、そのまま流の前まで移動した。
「五分だ」
「……?」
「河野を確実に助けられるのは事故に遭う五分前の跳躍が限度だ。その間に私たちが居た場所、おそらくは商店街だろうな。そこから河野が事故にあった公園まで走り抜けてその公園を取り除く。………どうだ?できるか?」
「ああ」
「『私たちが河野の事故にあった公園に着く前の5分』じゃないぞ。『河野が事故に遭う前の5分』だ。だから思っているよりも遠いかもしれない」
「分かってる」
「…………そうか」
流の返答にはもはや迷いがない。
それらを聞いてヨウは呆れたような感心したような表情をすると、流の額に手を当てた。
『取引』のための行動だ。
「じゃあ、行くぞ」
「ああ………っとそうだ」
そういうや否や流は立ち上がり、自分の額からヨウの手をどかしてから真剣な表情でヨウを見つめた。
「一つ、頼まれてくれるか」
「……何だ?」
流の表情を見てヨウも真剣に話を聞く。
「俺がこの取引で死んだら、お前が明を助けに行ってくれないか?……死んだら助けにいけないからな」
「…ああ。分かった。他には何かあるか?」
「…………いや、後はいい」
『後はいい』ということはあるのだろう。
それが何となく流の兄、透のことだとヨウは感じ取った。
「そうか。じゃあ……行くぞっ!」
ヨウは流の額に再び手を当て、そこに神経を集中させた。
するとそこから光が発せられ、それは辺り一面を覆い尽くした。