第七十三話 大切なもの
ヨウも流と同じように箸を置く。
「お前と透さんについてだ」
「……やっぱりか」
ヨウが告げると、流は呟きながらうなだれた。
「まずお前、挨拶はどうした?透さんにいつも相づちだけで一度も挨拶をしていないぞ」
「ああ」
「それからお礼。働いた後にあんなに家事をやってくれているのに何故礼を言わない」
「そうだなぁ……」
「更にもう一つ。……お前、私に嘘ついていただろう?私がお前に透さんのことを訊いたとき、確かにお前は透さんが『遊んでいる』と言った。働いている者を何故あのように言ったのか、それを訊きたい」
「なるほど……」
呟くと、流は顎に手を当ててそのまま考え出した。
そしてしばらくしてから口を開く。
「悪い、全部秘密」
顔の前で手を合わせて流はヨウに謝った。
ヨウは一つため息をつくと、
「まあ、だいたい予想はしていた。私がとやかく言う問題ではないしな」
と言って一度置いた箸を再び手に取り、食事を再会した。
「しかし、透さんが居なくなってしまうと困るな」
「?……何でだ?」
「いや、今日保護者のことを話そうと思っていたのだが……」
ヨウが呟くと流が怪訝な顔をした。
なにを言っているのか、分からないようだ。
「…………学校の資料の話だ。私の保護者は透さんということになっているのだろう?その話を今日しようと思っていたんだ」
「ああ!そう言えばそんなことを言っていたような気がするな」
流が思い出したように手を打つ。
「だけど、何であの時に話さなかったんだ?兄貴が今日出る事はもう知ってただろ?」
「あの時は忘れていたんだ。思い出したのは布団の中に入ってからだ」
「じゃあ、そこで言っておけば良かったじゃないか」
「私が深夜に透さんの部屋に行くのはおかしいだろう?お前はそんなことも分からないのか」
呆れた表情でヨウが呟く。
「俺の部屋なら大歓迎だ」
「いや、お前の部屋に行くなら見知らぬおじさんの部屋に行った方がましだな」
「………俺の部屋ってそんなに危険か」
「危険だ」
間髪入れずに即答するヨウ。
さすがの流も少し傷ついた様でがっくりとうなだれる。
少し間をおいて流が顔を上げる。
「まあ、それに関しては今度俺から言っておく。別に気にしなくても良いぞ」
「そう言っておいて連絡しないんだろう?」
「うぐっ……」
図星を言われ、流がたじろぐ。
それを見てヨウは呆れた表情でため息をついた。
「だいたいお前のパターンは読み切っている。お前、透さんと私をなるべく会わせないようにしているからな」
「………分かったよ。兄貴のケータイの電話番号教える」
言って、流はその場で立ち上がり、手に鞄を持った。
ヨウもそれを見て椅子から立ち上がる。
「………また今度なっ!!」
「待て、流っ!」
そう言うや否や流は駆け出し、リビングから出た。
ヨウは少し離れたところにある鞄を持ってから駆けだしたため、流よりも少し出遅れる。
流はリビングを出た後、鍵を手に取り、靴を履いて一気に外を出……
「やほ〜流君。一緒に学校に……」
ようとしたところに由美がいた。
「わぷっ」
「どわっ!」
由美と流が正面衝突。
このままだと二人して転ぶ可能性があるため、流は由美を抱きしめ、腰を捻り、その勢いで由美を回転させることによって転ばずに何とか保った。
「あは。流君、相変わらず運動神経良いんだね」
由美が笑顔で話しかけてくる。
しかし今はそれどころではない。
ヨウとの追いかけっこの最中だ。
(って、あれ?何で俺こんなに必死に逃げてるんだ?)
途中、そんな考えが頭をよぎるが、すぐにそれを取っ払う。
「おい、流!待てと言ったら待てっ!」
ヨウはすでに玄関まできていた。
靴を履き終え、流の目の前までくる。
何故か由美までいる。
(……何故私はこんなにムキになって追いかけているんだ?よく考えたらどうでも良いことじゃないか)
一瞬、そんな考えが浮かんだものの、すぐにそれを頭から無くした。
((そんなことはどうでも良いか……とりあえず今は………楽しむか!))
二人、全く同じ事を考えているとも知らずに向かい合っている。
「あの〜、二人ともすごく怖いんだけど……」
由美のその言葉を合図に二人がが動き出す。
ヨウは流の方に手を伸ばし、流はポケットから鍵を取り出す。
そして流はその鍵をヨウの方に向かって放った。
「ヨウ!家の鍵、閉めておいてくれ!」
「え!?あ、ああ。ってちょっと待て!」
ヨウは不覚にもそれを受け取ってしまい、流はそれを機に由美の手を引きながら走り出した。
「わっ、り…流君!?」
当然の事ながら戸惑う由美。
しかし、流は気にも留めずに走り続けている。
「くそっ……」
ヨウは家の鍵を閉め、急いで走り出した。
「流っ!待てっ!」
「誰が待つかっ!」
「わあ〜〜」
三人はそれぞれの言葉を発しながら商店街を走り抜けていく。
猛スピードで、走り抜けていく。
高校生が三人全力で走っているのだからみんな見ないわけがない。
そして見ているみんながそれを見て笑顔になる。
そんな日常。
こんな日常が流にとって大切なものとなっていた。