第六十七話 悪魔
「え?流君のこと?」
弁当を懸命に食べていた由美が意外そうに顔を上げる。
「ああ。少し訊きたいことがある」
「うーん。そうだねぇ」
そう呟きながら由美が辺りを見回す。
今の時間は昼休み。
みんな楽しそうに話しながら弁当をつついている。
ちなみに流は食堂へパンを買いに行っている。
朝にヨウの分だけ買って自分の分を買い忘れたらしい。
ヨウは自分が買いに行くと言ったのだが、どうせ、校舎の中で迷うんだからと言って流が買いに行ってしまった。
「それは流君が実は喧嘩が強い、とか?」
「……いや、それは確かに驚きの事実だが、私が訊きたいのは違う」
「ええっ!川瀬って喧嘩強いのっ!?」
たまたま近くを歩いていた晴樹が声を張り上げた。
「あ……」
由美がしまった、と言う風に口を塞ぐ。
晴樹の声はクラス中に聞こえたらしく、クラスがシンと静まり返った。
そして後に残るのは流の噂。
「マジかよ。あの流が?」
「流ってあの女好きの川瀬君?」
「あんなナンパばかりしているような奴が?」
「意外だな。あんな奴が喧嘩が強いなんて」
「そう言えば私、川瀬君が不良に絡まれてるとこ見たことある」
やはりクラスは流の話題で持ちきりだ。
しかし
「でも、その喧嘩で流が勝ったとこ、俺は見たことがないぜ」
という洋平の一言により、クラスの雰囲気が一変する。
「そう言えば、私が見たときもリンチにされてたような」
『……………』
クラス全員沈黙。
結局、
『川瀬流は喧嘩が弱い』
と言う意見でクラス全員まとまった。
そうなるともう興味が失せたのか、みんな再びそれぞれの話題に戻っていった。
「で、なんだっけ?」
それを確認すると、由美はヨウに話しかけた。
「ああ、そうだった。一つだけ質問したいことがあるんだ。流のことで」
「う〜ん………あんまり話したくないかな」
「頼む」
真剣な表情でヨウが由美に頼む。
「……………ねえ、何でそんなに流君のことが知りたいの?」
じっとヨウを見つめ、由美も真剣な表情でヨウに尋ねた。
「それは………仕事だからだ」
「お仕事?」
「ああ」
「どんな?」
「それは……教えられない」
ヨウが由美から顔を背ける。
「…………それは…その質問は流君のためになること?」
「……ああ」
「………そっか」
一つ頷くと由美は再び弁当を食べ始めた。
「いいよ。できるだけ答えてあげる」
「そうか。それは助かる」
由美が了承するとヨウも一瞬顔が明るくなり、そしてすぐに真剣な表情に戻った。
「流の口から『悪魔』という言葉を聞いたことはあるか?」
ピタリと由美のは箸が止まる。
「あ……悪魔?う〜ん。それはいっぱい聞いたことあると思うよ。『悪魔みたいな先生』とか」
「聞いたこと、あるんだな」
「…………」
ヨウがもう一度尋ねると由美は黙ってしまった。
由美には分かっているのだろう。
おそらくそう言う意味での『悪魔』ではないということが。
しばらく二人で黙っているとやがて、ヨウが席から立ち上がった。
「協力感謝する。ありがとう」
「………ねえ、ヨウさん」
教室のドアの方に歩いていこうとしていたヨウを由美が呼び止めた。
「何だ?」
「………何でこんな事訊くの?」
「…………仕事だからだ」
「……ずるいよ、ヨウさん」
「そうだな」
それだけ言うと、ヨウは再び歩きだして教室から出ていった。