第六十四話 隣
「…………」
眠そうに窓の外を眺める流。
窓からは日の光が射し込み、朝を告げていた。
流は制服に着替えてからいつものようにヨウを無理矢理起こす。
そして台所に立って朝食を作り始めた。
その朝食を作り終えた頃、ようやくヨウが降りてきた。
もちろんこれもいつものこと。
「………おはよう」
今にも寝てしまいそうな声でヨウが朝の挨拶をする。
「ああ、おはよう」
そう言うと流はテーブルに朝食を並べ、自分の席に着いた。
同じようにヨウも対面の席に座る。
「………頂きます」
先ほどと同じ声で呟き、ヨウは朝食であるベーコンエッグに箸をつける。
そんなヨウの様子を見ながら、流もベーコンエッグを食べ始めた。
食べながらも、ふと昨日のことを思い出す。
『流は実はナンパ者ではない』
この事実を知る由美が転校してきたことによって流の学校生活は少なからず変わることになるだろう。
少なくとも今までよりは動きにくくなるはずだ。
(いや、あいつがバラすとも思えないし、ここは遠慮なく動くべきか………)
流が悩んでいると、いつの間にかヨウは食べ終わっており、フラフラとリビングから出ていた。
「おい、ヨウ。待てよ」
流も急いで口に残りを詰め込むとヨウの後を追ってリビングを出た。
鞄を持ち、靴を履いて玄関の戸を開けると、そこには人影があった。
「やほ〜。流君。一緒に学校行こ」
そう言った少女は昨日転校してきて流の悩みの種となった由美であった。
「…………」
無言でゆっくりとドアを閉める流。
それを見てヨウが不信に思ったのか、流の顔をのぞき込む。
「どうした。早く出ないか」
そう言って流の脇から手を伸ばし、ドアを開けた。
「わっ、と」
と、丁度由美もドアを開けようとしていたのか、驚きの声を上げて一歩下がった。
そしてヨウの顔を見て再び笑顔になる。
「ヨウさん、おはよう」
「………あ、ああ。おはよう」
「本当に流君の家に住んでるんだね。学校じゃ噂だよ」
「まあ……そうだな」
ヨウは由美がここにいることに驚いてロクに頭も回っていないようだ。
それはそうだ。
昨日、流の口から一言も『由美とは知り合い』というような言葉は発されなかったのだから。
もちろん、流も忘れていたわけではない。
ただ、いろいろと訊かれそうで面倒だったのだ。
「で?お前はどうしてこんな所にいるんだ?」
いつまでもその体勢のままいるわけにも行かず、ドアを開けて外に出ると、流は由美に尋ねた。
「もう、流君訊いてなかったね。さっき、ボク言ったじゃん。一緒に学校に行こうって」
「…………」
呆れた目で由美を見つめる。
由美も見つめ返してくる。
二人、見つめ合ってしばらくすると、やがて由美の頬がポッと紅くなった。
「って、違うっ!何で変なシチュエーションになってんだよっ!」
「あは。だって流君が見つめてくるんだもん」
モジモジしながら恥ずかしそうに言ってくる。
もちろん芝居だろう。
「………おい、流。頼むから私にも分かるように説明してくれ」
今まで黙って様子を見ていたヨウが口を挟んだ。
「ああ。面倒だから由美に訊いてくれ。もう知り合いなんだろ?」
流がそう言うとヨウの視線が由美の方に向く。
「うん。いいよ。ボクが説明したげる」
ニコッと笑うと流の腕に自分の腕を絡ませた。
「ボクと流君は恋人同士……」
「分かった。俺が悪かった。俺からすべて話す」
由美のその言葉を聞いた瞬間に流は口を挟んでいた。
「?」
ヨウの頭に疑問符が浮かぶ。
「いいか?ヨウ。俺とこいつは……」
「恋人おふっ……」
流が無理矢理由美の口を抑える。
「ただの幼なじみだ」
説得するような口調でヨウに説明をする。
そうしてからため息をついて、由美を解放した。
「っもう……流君ったら照れ屋なんだから」
文句を言いながらも楽しそうに笑う由美。
「あー。つまり、双方の意見をまとめると、『仲が良い』で良いんだな」
「いや、まとめなくて……いや、もうそれでいいや……」
ヨウが告げると流が否定しようとするが、ここで余計なことを言うと、再び面倒なことになりそうだと思ったのか、すぐに引き下がった。
「それで、お前はこれから毎日ここにくるつもりなのか?」
流が由美に視線を戻し、尋ねる。
「うん、もちろんだよ」
「面倒だろ?」
「ううん。そんなこと無いよ。だって家あそこだもん」
そう言って由美が指した家は隣の家。
「…………マジか?」
「うん。マジだよ」
その答えを聞いて流は一つ、大きなため息をついた。
「へえ。じゃあ、これからは一緒に登校できるのか」
ヨウが口を挟む。
「うんっ!」
元気よく頷くと、ヨウと流、二人の手を取って
「これからよろしくね、流君っ、ヨウさんっ!」
そう言いながらブンブンと手を振りながら握手をする。
「…………」「…………」
流とヨウはそれを見て同時に顔を見合わせ、二人とも苦笑気味に笑うと
「ああ」「よろしくな」
と言って同時に頷いた。