第六十一話 動揺
「な……な………いきなり何してんだ!!流っ!!」
由美に押し倒されている流を指さしながら明が叫ぶ。
「何で俺なんだよ!状況をよく見ろ!」
必死に反論するが、みんなの視線が冷たい。
やはり普段の行いが悪いのだろう。
そんな様子を見てため息を一つつくと、沙織は流達の近くまで歩み寄ってきた。
「ねえ、草野さん。さっき、久しぶりって言ったように聞こえたけど、あれは?」
「沙織……質問はいいから、こいつどかしてくれないか?このままだとみんなからの視線で、俺穴あきそう……」
呟く流に笑顔を向けると、すぐに視線を由美に戻した。
「うん。実はボクと流君は幼なじみなんだ。だからさっき久しぶりって言ったの。ねえ、流君」
「…………」
由美の問いには答えずにただその顔をじっと見つめる流。
「あは。どうしたの?ボクに惚れちゃった?」
「違う。って言うか、いつまで俺はこの体勢でいなくちゃいけないんだよ」
「わっ」
言いながら流が起きあがると、上に乗っていた由美はもちろん後ろにひっくり返った。
「…………」
思いもかけない光景にクラスにいる全員が思わず息を呑む。
そのせいで一瞬クラスの中で沈黙が流れた。
「お……おい流。お前、今何やった?」
恐る恐る明が流に尋ねる。
「何って……起きあがっただけだぞ?」
「いや、起きあがると同時に草野も倒れたぞ」
「ん?ああ…すまん」
由美に謝ってから流は手を掴んで助け起こした。
「もう、流君ボーッとしすぎだよ」
由美は流に文句を言うが特に起こった様子もない。
「だから悪かったって。俺だって動揺してたんだ」
あまりにも爽やかすぎる会話。
それは普段の流からは想像もできない。
「ねえ、ナンパ者の川瀬君にしては爽やかすぎない?」
みんなが訊きにくいことを沙織はさらりと口にした。
もしかするとこの二人はつきあっているのかもしれない。
そんな思いが邪魔をしてみんなその一言を言うのを躊躇っていたのだ。
再び沈黙。
やがて由美が今の言葉に引っかかりを覚えたのか、沙織の顔をまじまじと見つめる。
「ナンパ者……?」
首を傾げ、由美は流の方に視線を戻した。
二人の間に異様な雰囲気が漂う。
「あ………いや、久しぶりに幼なじみに会えたもんだから懐かしくてな」
それを打ち消すように沙織の質問に答える流。
「なんだ、そうだったのか」
流の返答を訊いて明は安堵のため息をはいた。
みんなも同じように緊張を解く。
「…………」
その中でただ一人、沙織だけが何か考え込むように流達を見ている。
「違うよ」
みんなが納得している中、由美がその言葉を否定した。
再び部屋の空気に緊張が走る。
「ボクと流君は幼なじみだけど、それだけじゃないよ」
そう言うと、由美はニコリと笑って流の首に両腕を回し、
「実は相思相愛の恋人なんだ」
楽しそうにそう告げた。