第五十八話 転校生
2年A組の教室ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
「おい、聞いたか?転校生が来るんだってよ」
「ああ、もう知ってるって。俺なんかもうそいつ見て来ちまったよ」
「マジか!?どんな奴だった?男か?女か?」
「女だった。金髪の長い髪してた。顔はそうだな……かなり可愛かったな。っていうか、この学校で1、2位を争うんじゃないか?」
「おおおおお!」
みんなが転校生の話題で盛り上がっている中、流は一人座って黒板をじっと眺めていた。
「あんたがこの話しに加わらないなんて……何か悪いもんでも食べたんじゃない?」
長い髪を揺らして流の机に腰をかけると、そんな流の様子を見て意外そうに水月が話しかける。
「いや、特にそういうわけでもないんだが」
「……ふうん。じゃあ、どうしたのよ?転校生、かなりの美少女らしいわよ」
「ああ、ちょっと見慣れてるだけだ」
「見慣れてる?……美少女に?」
「いや。その転校生を、だ」
「………成る程。だからそこまで興味はないのね」
納得したのか、しばらく考えた後で水月はそう言いながら頷いた。
「でも、いつ知り合ったのよ?その美少女さんとは」
「知り合ったもなにもうちで居候してんだよ。その美少女さんは」
「…………え?」
流が告げると、水月はしばらく間をおいてから訊き返した。
その反応を見て予想通りだったのか、流は頭をかきむしるともう一度、ゆっくりと説明しだした。
「俺は、その美少女と、同居を、しているんだ」
「…………それって……すごく危険じゃない?」
何か恐ろしいものを見るかのような目で流を見る水月。
「大丈夫だ。何かしようとしても、あいつ強いから」
「あ、やっぱり何かしようとしたのね」
「着目するべきところが違う!俺が強調したいのはあいつが強い、って所だ」
「強いってどう言うことよ?」
「俺がいくら襲いかかろうとしても、あいつにでこピンされて終わるってわけだ」
「で…でこピン?」
思わず訊き返してしまう水月。
流もさすがに信じてもらえないと確信していたのか、大きなため息をついている。
「………まあ、本当にそんな娘がいたとしたら驚きもんね」
やはり冗談だと思っているのか、水月は流の言葉を軽く流してそう言った。
「そうだな。確かに驚きもんだ」
流も説明しても無駄だと悟ったのか、水月に話の流れをあわせる。
すると水月は「そう言えば……」と新たな話題を流に振る。
「どうした?」
「あんた、隣にも転校生が来るって知ってる?」
「………いや」
聞いたことがないと言う風に流が首を振る。
それを見て水月は納得したように頷くと流の耳元に口を寄せた。
「かなりの美少女らしいわよ」
誘うようにそっと、そこで囁いた。
「マジか?」
真剣な表情で流が水月に確認を取る。
「さあ?」
「さあ、ってお前……」
「だって私も見てきたわけじゃないし。まあ、それくらい自分の目で確かめてきたら?どうせ、見に行くんでしょ?」
机から降り、流の隣の席の椅子を引くと、水月はそこに腰を下ろした。
「当たり前だ」
そう言うと流はすぐに立ち上がり、そのまま駆けだした。
しかしすぐに誰かの足に引っかかり、その勢いのまま机に頭から突っ込んだ。
「いてててて………」
頭を押さえながら立ちあがる流。
そしてあるものを目撃する。
それは……
「って、水月っ!足引っかけたのお前だったのかよ!」
思わず叫ぶ流。
ちょうど流が足を引っかけた場所には組まれた水月の足があった。
「当たり。流にしてはよく考えたじゃない。頭撫でてあげる」
水月は立ち上がり、流の近くまで歩み寄ると頭を撫で始めた。
「いてっ!いてっ、痛いって!そこ今打った場所!」
慌てて水月の手を払いのける流。
水月は数歩下がってクスクスと笑いだした。
「チッ!だから机から椅子に座り変えたんだな」
そう言いながら先ほどまで水月が座っていた場所を流が憎らしげに見つめる。
「だって、もう時間なのよ?ほら……」
水月が言って、ドアの方を指すと担任の教師が朝のHRをするために教室に入ってきた。
「…………」
「ね?行く意味なかったでしょ?」
そう言うと、水月は自分の席へ戻っていった。
流も自分の頭に出来たたんこぶを調べながら渋々自分の席に戻った。