第五十二話 移動
明の手を握ったまま映画館の前に来た流。
映画館にはやはりGWのせいか人が並んでいる。
「………」
「?…どうした?流」
突然立ち止まった流を不審に思ってか、明が声をかける。
明の言葉に反応せず、じっと人混みを見つめる流。
「………よしっ、決めた!」
「うおっ!何だよ。一体どうしたんだ?」
急に振り返った流に明が驚く。
「ちょっと、遠出でもするか」
そう言うや否や、流は再び明の手を引っ張り歩きだした。
「っとと……おい流!何だよ、さっきから」
前につんのめりながら流につられて明も歩き出す。
「いや、ちょっと都会に出ていこうかと思ってな」
明の問いに流が首だけ動かして振り返りながら答える。
その答えを聞いて明が眉にしわを寄せる。
「都会……?」
「ああ。せっかくのデートなんだからいろいろ楽しみたいしな」
そう言って流が笑顔を明に向ける。
元々流たちが住んでいるこの町は田舎というわけではないが、都会というわけでもない。
確かに人口は多いのだが都会のように大きな建物などは建っていない。
つまりここで遊ぶよりも都会に出て遊んだ方が楽しいだろうと流は考えたのだ。
「都会って……私はあまりそっちには行ったことがないんだよ」
「………?それがどうした」
「だから、都会慣れしてないって言ってんだ」
「ああ。それなら大丈夫だ。俺は何回もあっちの方には行ったことがある」
「?…お前何か向こうに用事でもあったりしたのか?」
「ああ、ナンパしにな」
流が笑顔でそう言うと明が呆れた表情でため息をついた。
「あっそ。だったらお前に任せる」
「ああ。期待しとけよ」
流はそう言うと再び歩きだした。
「で、結局は映画かよ……」
都会の隣町まで出てきて流が歩みを止めたのは映画館の前。
「ああ。向こうは混んでたしな。それに……」
「それに?」
流が映画館の看板まで歩み寄る。
「この映画が見たかったんだ」
そう言って流が指さした看板にはいかにも感動物の雰囲気を醸し出している題名が書かれていた。
「え……」
戸惑ったように声を漏らす明。
しかしすぐに平静を取り戻すとぎこちない笑顔を流に向けた。
「な…なあ、他のにしないか?」
「他の?」
「ああ」
「いや、他のはそんなに有名じゃないんだ。面白くもなさそうだしな。それにデートじゃ、こういうの見るのが定番なんだよ」
「ま…まあ、確かにそうなんだろうけどな……」
「どうしたんだ?さっきから」
怪訝な表情で流が明の顔をのぞき込む。
「〜〜〜〜っ!!分かったよ!行けばいいんだろ!行けば!」
「うおっ!何怒ってんだよ……」
驚いて流が飛び退く。
「あ…いや。怒ってはいないんだけどな。ちょっと気合いを入れただけだ」
「何で映画見るのに気合い入れるんだよ…」
呆れたように流が呟く。
「えっと……ほら、ジェットコースター乗る前とか気合い入れてから行くだろ?あれと同じ感じだ」
「お前の中でジェットコースターと映画館は一緒なのか?」
「うっ……」
「それ以前にジェットコースター乗る前にも気合いは入れないだろ?」
「いや、だから………って、ああ、もうっ!何だっていいだろ!それよりも入るぞ!もうすぐ始まる!」
そう言って明は流の手をひっ掴んで歩きだした。
「うおっ、とっ、たっ、とっ!」
危うく転びそうになる流を無視し、問答無用でそのまま突き進む明。
その姿は先程とはまるで逆で、それもまた、周囲の人の視線を集めてしまっているのに二人とも気づかないのであった。