第五十話 電話
「ああ……うん。……いや、分かってるって。……ああ。それじゃあな」
ガチャリと受話器を置く流。
「ずいぶん長い電話だったな」
リビングからヨウが顔を出す。
時計を見ると流が電話をかけてから30分が経過している。
「まあな。ちょっとデート誘うのに手間取っちまってな」
そう言いながら流はリビングに入った。
「デート?この前私としたじゃないか」
「いや、お前とじゃなくて、今度は別の奴と」
「………」
呆れた目で流を見るヨウ。
流もこれだけは譲れないとばかりにヨウを見る。
しばらくしてヨウが大きなため息をついた。
「そうだな。それがお前なんだな」
「ああ。そう言うことだ」
ヨウの言葉聞いて流も満足したように頷く。
流は夕飯を作るために台所に足を運び、ヨウはソファに腰を下ろしてくつろいでいる。
「明って奴だけど、おまえも来るか?明日」
「明日?今日電話したにしては早くないか?」
「いや、まあ、デートってのはこんなもんだろ」
当たり前のように告げる流。
そんないい加減な流を見てヨウが再びため息をつく。
「って言うか、デートに私も行くってまずいだろう?」
「いや、お前の交友関係が広がると考えればそれくらいは問題ないぞ」
「……まあ、何にしても私は行かない。家でじっとしている」
「そうか」
少々残念そうに流が呟く。
「あっ、そうそう」
突然流が何かを思い出したように声を上げる。
その声に反応してヨウが流の方に顔を向けた。
「?…どうした?」
「いや、交友関係と言えばさ、お前が試験の時に会ってって奴の名前、教えてくれよ」
「は?なんでだ?」
「名前知っていた方が学校であったときに話しかけやすいだろ?」
「そんなの学校で自然に噂とかで聞けるだろう」
ヨウのその言葉を聞いて流が鼻で笑う。
「これだからナンパの素人は……」
「素人とか以前に私は女だぞ」
「いいか?ナンパってのは時間が大事なんだ!特に転校生!これは時間だ!遅れれば遅れるほど不利になる!考えてもみろ!何人も誘っていった後に行ったところで『ああ、こいつもナンパか』で終わるんだぞ!」
流は自分の拳を胸の前で強く握りしめながら熱弁している。
「いや、だから熱弁されても…」
「つまりぃ!噂など待っていたら、声をかけるチャンスが無くなってしまうのだぁ!」
最後に流は胸の前で堅く結んでいた拳を上に突き上げてその話を締めくくった。
「どうだ?分かったか?」
「……よく今ので相手に伝わると思えるな」
「まあ、簡単に言えば俺のナンパためにその娘の名前を教えてくれって事だ」
「なるほど、それならば分かりやすいな」
納得したように頷くヨウ。
「しかし残念だったな。よく考えてみれば私は相手の名前を訊いていない」
一瞬の間。
「何?」
「だから、私は相手の名前を知らないんだ」
もう一度ヨウがはっきりと告げる。
「何で訊かなかったんだ?」
あくまで冷静に尋ねる流。
「それは………忘れてた」
それを訊いた瞬間、流がその場で崩れ落ちる。
「馬鹿な……俺の作戦が…」
「お前はまた作戦を立ててたのか。作戦が好きな奴だな」
呆れたようにヨウが呟く。
「はは……そうだな」
作戦が失敗したのが相当ショックだったのか、流が元気なく頷く。
「そんな作戦が失敗しただけで落ち込むんじゃない。女々しいぞ」
「………そうだな…明日から女として生きていくか…」
「頼むからそれはやめてくれ。一緒に住んでいて具合が悪くうなりそうだ」
流のつぶやきにヨウがすかさず突っ込む。
「まあ、かわいい娘だったのは確かだ。それだけは保証できるぞ」
「くっ…!そんなことが保証できたところで…」
「いいから元のテンションに戻れ。やりにくい」
ヨウがそう言うと流は大きなため息をついてゆっくりと立ち上がった。
「まあ、名前を訊き忘れていたことは仕方ないな。とりあえず顔を覚えてるって事は友達にはなれるんだろ」
「と言うか、もう友達だと思うぞ」
「何ぃ!お前、手を出すの早いな」
「そういう誤解を招くような言い方はやめてくれ」
頭を抱えながらヨウが指摘する。
「はいはい。まあ、友達が早速できたんならOKだ。作戦の一つは成功してる」
「そうは言っても向こうも受かっているとは限らないんだぞ」
「………ぐおおおおおおおお!そうだったぁ!」
頭を抱えながらその場で転げ回る流。
「だからその変なテンションをやめろと言っているだろう!」
「くっ…!ヨウがそう言うのならば仕方あるまい」
再び流はゆっくりと立ち上がった。
「ま、そう言うわけで、俺明日いないから」
「どう言うわけかは分からないが、とりあえずいないということは分かった。というか、早く夕飯を作ってくれ。そろそろ空腹感が限界に近づいてきている」
ヨウが懇願するように流に告げる。
そのすぐ後で
「グゥ〜〜」
と、情けない音が流の腹の辺りから聞こえてきた。
「俺もだ」
流は笑いながらそう言うと夕飯の支度に取りかかった。