第四十話 感想
「いやぁ〜、結構怖かったな」
映画を見終え、外に出てきた流が後ろからついてきていたヨウに話しかける。
「………」
しかし、ヨウは何もいわずに無言のままだ。
「?」
ヨウの様子の異変に気づいたのか、流がヨウの顔をのぞき込む。
何か考え込むようにして俯いている。
「おーい。ヨウ」
「ん?…ああ、何だ?」
目の前で手を振ってようやくヨウが意識を取り戻す。
「大丈夫か、お前?」
「え?何がだ?」
「いや、なんかさっきからぼーっとしてるからさ。やっぱり怖かったのか?」
「大丈夫だ。あれしきの事で私は怖がったりはしない」
「そうか」
いつも通りのヨウを見て流は安心したように頷いた。
外に出てみると、もうすでに日は落ち、空は真っ暗になっていた。
その代わりに町の街灯と店の明かりがついて街全体を明るくしている。
商店街にいる人も先程よりも減っている。
「ふう。もう真っ暗だな……」
辺りを見回しながら流が呟く。
「……そうだな」
「もうそろそろ帰るか」
「……ああ」
流の問いかけにすべて相づちで答えるヨウ。
やはり何か様子がおかしい。
「………」
ヨウの様子を伺いながらも流はゆっくりと歩きだした。
後からヨウもちゃんとついてくる。
しかしやはり無言のまま。
何か周りを気にしているようだ。
しばらくして、流たちは商店街を抜けて人気のない真っ暗な道に入っていった。
「ふう……」
この状況に疲れて流が小さなため息をつく。
と、不意に流が腕を誰かに捕まれた。
そちらに顔を向けるとヨウがしがみついている。
微かに震えている。
「お前、やっぱり怖かったんじゃないのか……」
流が呆れた目でヨウを見つめる。
「そ…そんなことはない。ただ……うん。そうだ。お前が怖がっているといけないからな。こうしてやっているだけだ」
「そう言うことをいう奴はたいてい怖がっているんだよ。……そうだ!怖くないってんなら別々に帰ってみよう。それで帰って来れたら認めてやる」
「う……」
小さく呻くヨウ。
それを見て流は小さく笑うと
「本当は怖いんだろ?」
「………ああ」
今度はヨウも認めた。
「そう言うのは早く言っとけって。そうしたらもう少し明るい道もあったのに」
「何!?本当か!?」
「ああ。本当だよ」
「く……」
どうやら相当後悔しているらしく、ヨウが顔をしかめた。
「表情読み取ろうにしても、お前ポーカーフェイスうますぎだ。全く分からなかったぞ」
「それは当たり前だ。分からないように必死だったからな」
「成る程」
それを聞いて流が苦笑する。
辺りには住宅街。
その中にある一軒家の流の家。
それがもう視認できるほどまでに近づいてきている。
もうすぐで今日一日のデートが終わってしまう。
そう思うとやはり少し寂しくなるのか、流の表情がほんの少しだけ暗くなった。
「?…どうした?やはりこの体勢はきついか?」
心配そうに流の顔を見つめるヨウ。
「え?ああ、いや。大丈夫だ。というか胸が当たって最高」
「なっ!?」
急いでヨウが流から離れた。
暗くてよく分からないが、それでも顔が赤くなっていることが分かる。
「あっ、そこの電柱の陰に人影が…」
「えっ!?…とっ、なっ、わぁっ!」
急いで流の元に駆け寄ろうとしたようだが、暗いせいか、途中で躓いてしまった。
持っていた荷物を放り出して急いで流が抱き止める。
「慌てすぎだ。全く…」
「あ、ああ。すまない………っじゃなくて!お前が変なこと言うからだろう!」
「あっはっはっ!………バレたか」
舌打ちしながらヨウから視線を逸らす。
「バレたか…じゃない!」
「ははは。まあ、細かいことは気にするな。…それよりも、怪我はないか?ずいぶん激しく転んでたからなぁ」
「あ…ああ。大丈夫だ」
「そうか」
そう言うと流はヨウを助け起こして荷物のほうへ歩み寄っていった。
そしてそれらを片手で持った。
「じゃ、帰るか。あと数十歩だ」
「ああ。デートの締め、というやつだな?」
「そうだ」
そう言って流がヨウの前に手を差し出す。
「……何だ?これは」
流の手を見て不思議そうに呟くヨウ。
「手だよ。手を繋ぐんだ」
「何でだ?」
「なんでってお前、デートといったらこれをしなくちゃ駄目だろ?」
当たり前のように言う流。
「それにさっきまで腕にしがみついてたじゃないか。今更だろ?」
「いや、それもそうだが……改めてというのはやはり気恥ずかしいというか何というか……」
「デートの最後なんだ。それくらいつき合えよ」
ヨウがじっと流の顔を見る。
しかしその表情からやましい考えなどは読みとれない
「………分かった。今回だけだからな」
しばらく悩んだあとヨウは差し出されたその手を握った。
流は嬉しそうに頷くとそのままヨウの手を引いて歩きだした。
「どうだ?今日は楽しかったか?」
「……そうだな。久々に楽しめたな。お前のおかげだ。ありがとう」
ヨウが笑顔でそう言うと流は照れたようにそっぽを向いた。
「どうした?」
流の不可解な行動を疑問に思って流の顔を覗き込む。
「いや、やっぱり直接お礼言われるのって照れるなって」
「なんだ、照れてたのか。照れる必要はない。こっちが『ありがとう』と言っているのだから素直に『どういたしまして』と言えばいいんだ」
「まあ、そうなんだけどな……」
やはり照れたように頭を掻く流。
「ほらっ、『どういたしまして』は?」
「………どういたしまして」
こんなことは強制されてやるものではないのだろうと思いつつも、恥ずかしそうに呟いた。
「ああ」
それを聞いてヨウが満足げに笑う。
そして小さくため息をつくと
「全く、お前は普段恥じらいなど無いのだろう?何故こういう時だけ恥らう?」
呆れたようにそう言った。
「そう言われてもな……」
流が困った表情をする。
そして何かに気付いたように顔を上げた。
「どうした?何か思いついたか?」
「いや、家を通り過ぎてた」
「あ……」
二人は家を通り過ぎ、そこから20メートルほど離れた場所に立っていた。
「「はあ……」」
二人同時にため息をつく。
「戻るか」
「そうだな」
苦笑しながら二人、今来た道を逆に戻っていった。