第三十六話 試着
場所は試着室の前。
そこで流と沙織はヨウが出てくるのを待っている。
「なるほど、こういうことだったんだね。私を誘ったのは」
「いやぁ、俺一人じゃ説得できなくてな。お前がいてくれて助かったよ」
呆れた目で沙織が流を見ている。
およそ10分ほど前ー
沙織と一緒に行動をともにし始めて15分ほどたってから流が足を止めた。
その15分間流は、ヨウに興味があるためかいろいろと質問する沙織と、ドモリながらも一生懸命それに答えるヨウの姿を楽しむようにして眺めていた。
「…?どうしたの?」
突然足を止めた流を不自然に思って沙織が声をかける。
「いや、これなんかヨウに似合うんじゃないかと思って」
そう言いながら流が指しているのは黄色いTシャツに白の薄い上着を羽織って着るものだ。
そして短めのスカートとセットになっている。
「うん、確かに似合いそうだね」
沙織も納得したように頷く。
二人の利害が一致したところで二つの視線がヨウに注がれた。
「う……いや、私は…」
「ほらほら、いいから着てみようよ。二人が似合うって言ってるんだから間違いないよ!」
「あ、あの…だから、私は……」
抵抗してみるものの、あっという間に沙織に試着室の入れられてしまった。
そしてヨウを無理矢理試着室の中に入れてしまった後に沙織は流にヨウが嫌がっていた理由を聞かされたのである。
そして今に至る。
「どうだ?着替え終わったか?」
そう言いながら流が開けようとすると、そこの場所から手だけ出てきて流にでこピンをお見舞いする。
そして流がその勢いで仰向けに倒れる。
このやりとりがこの3分間の間に幾度となく行われている。
「覗いちゃダメだってば……」
流を諭すように沙織がしゃがみこんで流の頭を人差し指でつついた。
「こんな近くで着替えているのに黙っているなんて俺には……」
途中で話を止める流。
「やっぱり俺このままでいいかも…」
「え…?どうしたの?いきなり」
「いや、こんな近くにエロがあったとは…」
「?……あっ!」
ようやく気づいたのか、沙織が飛び退いて頬を赤らめながら自分のスカートを押さえる。
流の頭の位置から丁度沙織のスカートの中が見える位置だったのだ。
「川瀬君のエッチ」
「知ってる」
「変態」
「それも知ってる」
「女の敵」
「百も承知」
「む〜〜〜」
何をいっても無駄だと悟ったのか、沙織は流を睨みつけながらむくれた。
「まあ、そう怒るな。こういう事故もたまには良いもん…じゃなくてあるモンなんだよ」
そう言いながら流が立ち上がる。
「でも、こういう場合ってそっちは謝らない?」
「そうかもな…」
そう言いつつも流に謝る気配はない。
「そう言えば、ヨウはまだなのか?」
思い出したように流が試着室を見る。
「そうだね。もうそろそろ着替え終わってると思うけど」
流は何か思いついたのか試着室の前まで歩み寄った。
「おーい、まだなのか」
「………」
声をかけても返事がない。
「お前、着替え終わってるんだろ?」
「………」
「………」
無言のまま流は試着室のカーテンを開けた。
「わっ!い、いきなり開けるな!」
そこにはすでに着替え終わっているヨウ。
顔を真っ赤にしながら、スカートを押さえている。
「おお、これは似合ってるな」
「そ…率直に言うな!」
ヨウが恥ずかしそうに俯く。
「ホントだすごく可愛い」
「沙織…お前まで」
二人に誉められ相当照れているのか耳まで赤くなってきた。
「や…やっぱりこれは何だか恥ずかしいな……足がスースーする」
「でも、学校に転入するんでしょ?だったら制服着るんだからスカートにも慣れておかないと」
沙織はどこか楽しむようにして笑っている。
それに流も便乗して
「そう言うことだから、これは買っておこう」
と言って値札を手に取る。
予想の範囲内だったのか、流は一つ頷いてその値札を放した。
「ほ…本当に買うのか?」
「当たり前だ。そしてもちろん着てもらうからな。私服として」
「私はいつもの服でいいんだが……」
「でも女の子ならそれくらいは買っておいた方がいいかも」
沙織が口を挟む。
「そう言うことだ。諦めろ」
「だけど……」
「それとも何だ?実は気に入っていてそれを脱ぎたくないからここで抗議をしているのか?なるほど、そう言うことなら話は早い。店員さんに訊いてこのまま買っちゃって良いか訊いてきてやろう」
そう言って流が歩き出すと慌ててヨウが流の手をつかんで引き留めた。
「分かった!買う!買えばいいんだな!」
そう言ってヨウは再び試着室の中に入っていった。
「そうそう。はじめからそう言っとけばいいんだよ」
ニヤリと笑いつつ流は沙織と顔を見合わすと、二人でヨウに聞こえないように小さく笑った。