第三十四話 お礼
少し大きめの洋服店の下着コーナーにヨウについて一緒に入ろうとして止められた流は特に当てもなくただブラブラと売り出されている洋服の間をすり抜けながら歩いていた。
「ふう……」
自然とため息が出てしまう流。
暇なせいもあるが、先ほど暴行を加えられたときの傷が痛むせいでもある。
(あいつ等もよくやってくれたもんだ。相当ストレス貯まってたな、あれは)
流が確かめるようにして自分の体を動かす。
「だけどまあ、ヨウのでこピンよりはましか。あいつ強いからな………ん?」
誰に話しかけるでもなく一人呟いていると何か気になったのか、流は何かを思い出すようにして腕を組んで悩みだした。
「何考えてるの?」
しばらく悩んでいると近くで女の声がした。
「いや、ちょっと……え?」
今は自分の下着を買いに行っていてヨウはいないはずだ。
ならば誰か。
疑問に思った流はそちらに顔を向ける。
「………」
そこには先ほど分かれたはずの桜葉沙織。
彼女は笑いながらそこにたっていた。
「お前……何でここに?」
戸惑いながら疑問に思ったことを口にする流。
表情には出ていないものの、内心ではかなり驚いている…と言うよりはかなり焦っているようだ。
「何でって、付いてきたからだよ」
「どうして?」
「だってちゃんとお礼言ってなかったから。私、こういうのははっきりとさせないと気が済まないんだ」
そう言って沙織がその場から数歩下がる。
「さっきはどうもありがとう。おかげさまで助かりました」
「いいよ。俺も横取りしようとしただけだし」
微妙に照れくさかったのか、流がわずかに沙織から顔を背ける。
それを聞いて沙織がいたずらっぽい笑みを浮かべた。
そして流に近寄る。
「そんなに私可愛かった?」
「え?」
「最初、確か他人と間違えてたよね。やっぱり私服姿で髪型変えちゃうと印象変わるのかな?」
沙織の格好はいつもは纏めていない髪を後ろに一つに纏め、青の長袖のTシャツをきて短めのスカートをはいている。
さすがに学校で人気があるだけあってそれらがよく似合っている。
あの男たちが声をかけてしまうのも無理はないだろう。
「……えっと、そうだな。まあ、可愛かったな」
流はできる限り平静を装い、自然に返した。
「え〜、なんか微妙な反応……」
少し残念そうな顔をする沙織。
しかしほかに何か訊きたいことがあったのか、すぐにいつもの楽な表情に戻る。
「そう言えば、あれって私をナンパしようとしたんじゃないんだよね?」
「何が?」
「えっと…ほら、女の子と話してたよね。そのときの話。『ナンパものには二種類ある』とか言ってた…って、あれ?どうしたの?」
沙織が話している途中から流は頭を抱えてうずくまっていた。
「正直、その話はあまり訊かれたくなかった…」
「なんで?私はしつこい人よりはそういうさっぱりとした人の方が格好いいと思うよ」
「だからだよ。それが俺がこの話をしたくない理由。その話はあくまで俺視点なんだ。俺はしつこい奴があまり好きじゃないからどうしてもその話の中ではそっちが悪者になっちゃうんだ。つまり俺が言いたいのは、片方だけ訊いて納得するなって事。あいつらは……まあ、変な奴らだったけど、全員が全員悪い奴じゃないんだ。中には良い奴もいる。そこのところを勘違いしないでくれ」
そう言った流の表情は真剣で思わず沙織も見とれてしまうほどだった。
「沙織…?」
ただ呆然と流を見ている沙織を不審に思ったのか流が沙織の前で手のひらをひらひらと動かす。
「あ、ごめん。ぼうっとしちゃって…」
「お前なあ、人が語ってるときにぼうっとする奴があるか」
流が呆れてそう言うと沙織は突然クスクスと思い出すようにして笑いだした。
「………」
突然笑いだした沙織を見ながら流が唖然とする。
しばらく笑っていると流が躊躇いがちに沙織の肩に手をおいた。
「お前……大丈夫か?」
「うん、ごめんごめん。余りに川瀬君が格好良すぎてね、つい……」
それを聞いた流はすぐに沙織の手を握り、
「じゃあ、ホテルにでも行こうか」
といって店の出口を指した。
「えっと……ホテルはちょっと」
困った表情をする沙織。
「じゃあ、俺の家」
「それもちょっと…」
「もしかして外!?以外と大胆だな」
「いや、だからその行動がちょっとね」
沙織が苦笑しながら流の手を振り解く。
「そういう所さえなければ川瀬君ってモテると思うんだけどなあ…」
呟いた後に沙織は思いだしたように口を開いた。
「そういえば、あの女の子誰?」
「え…?女の子って?」
とぼける流。
しかしどうしても訊きたいのか沙織が詰め寄ってくる。
「金髪の女の子。川瀬君と話してたよね」
「…何かの見間違いじゃないのか?」
「う〜ん。見間違いじゃないと思うんだけどなぁ」
いたずらっぽい笑みを浮かべながら顎に人差し指を当てる沙織。
「………分かったよ。白状しよう」
逃げきるのは不可能と悟ったのか、流は首を掻きながら折れた。