第三十二話 割り込み
(どうしよう……)
二人の男に声をかけられ、動くに動けなくなってしまった桜葉沙織は男たちに気づかれないように小さくため息をついた。
沙織の容姿はかなり可愛い。
だからこのようなことはよくあるのだが、今回の男たちはやけにしつこい。
しかも柄も悪そうだ。
周りの人々を見てもみんな知らんぷりして通り過ぎていく。
沙織はそんな情景を見て再びため息をついた。
ところが、今回のため息は男たちに聞こえてしまったようで、男たちが不機嫌な表情で沙織を睨みつける。
「てめぇ…俺たちが話しかけてやってるのにため息つくなんていい度胸してんじゃねぇか、あァ?」
「あ…えっと、これはその…」
詰め寄られ、困った表情で沙織も一歩下がる。
「ふざけんじゃねぇぞ、コラ」
「ねえ、君可愛いね。そこら辺でお茶しない?」
二人目の男に続き、三人目の男も詰め寄ってきた。
(…あれ?三人?)
男たちもその男に気付いたようで、沙織から目を離し、その男に視線を注ぐ。
その男、川瀬流は笑顔のまま沙織の方を見ている。
「何だァ?てめぇは」
男がすごむが、流は気にせずに沙織に話しかけてくる。
「メアド教えてよ。毎日メールするか……」
そこまで言いかけたところで流の表情が一変する。
「お前、沙織か……?」
「え……?」
今までナンパされていた少女が沙織だとは思っていなかったのか、流の顔は驚きの表情でいっぱいになっている。
「てめぇ!さっきから無視してんじゃねぇ!」
男が流の胸倉を鷲掴みにする。
しかし流に焦りの表情は無くじっと男の顔を見つめている。
そして首を傾けるともう一人の顔もじっと見つめ始めた。
「あァ?なに見てん…」
「はぁ……」
男が口を開いた直後に流はわざとらしい大きなため息をついた。
そしてバカにした眼差しを胸倉をつかんでいる男に向け、ゆっくりと口を開いた。
「この女の子もかわいそうに……こんなブッさいくな奴らにナンパされて、気が気じゃなかったろ……」
流が言い終わる前に男の拳は流の頬に当たり、そのまま振り抜かれていた。
流の体は人形のように吹き飛ばされ、地面に転がった。
続けてもう一人の男の蹴りが流のわき腹にはいる。
「っざけんじゃねぇぞ!コラ」
「いきなり出てきて俺たちの悪口だと?調子コいてんじゃねぇぞ」
そこからは殴る蹴るの暴行。
流の体がみるみるうちに傷だらけになっていった。
周りの人間たちはやはり見て見ぬ振り。
「やめて!お願い!」
「うっせぇ!邪魔だ!」
急いで沙織が止めようとするが、男に肩を押されて後ろに倒れてしまう。
暴行は数分続き、しばらくしてようやく男たちは飽きてきたようでその場を去っていった。
「川瀬君!」
慌てて駆け寄る沙織。
その声を聞いて流はゆっくりと体を起こした。
「チッ……逃がしたか」
口元についた血を手の甲で拭いながら呟く流。
「逃がしたかじゃないよ!何であんな挑発するようなこと言ったの?」
「何でって言われても……」
ボリボリと自分の頭をかく。
「あっ、そうだ」
突然何かを思い出したように流が立ち上がる。
「ど……どうしたの?」
「ここにいるとたぶん警察がくる。警察がくると面倒だから早くここから立ち去った方がいいぞ」
「ま…待って!」
「?」
流が振り返る。
「体は大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ。もう慣れたから」
「…慣れ?」
その意味を訊こうと思って前を見ると流はすでに人混みに入り込んでいた。
そしてしばらくするとその姿はなくなっていた。