第三話 相棒
全校生徒が一斉に体育館から教室に帰っていく。
今、一学期の始業式が終わったのだ。
新入生にとっては初めて先輩達と顔を合わせる日だ。
「あの校長、話長すぎだよねぇ?」
「うんうん。それ私も思った。なんかエロそうな顔してるしね」
もちろん先輩の話などはほとんどしない。
校長の愚痴で精一杯のようだ。
しかし先輩達の方は違う。
「なあ、あの娘見たかよ?結構可愛かったぜ」
「いや、俺はあっちのこの方が好みかな……」
完全に新しく入ってきた下級生の事で頭がいっぱいだった。
もちろん行動に出る者はほとんどいない。
そう、ほとんどだ。
何人かの生徒は体育館から出た瞬間に話し掛けていた。
もちろん流もその中の一人だ。
「いやあ、参ったよ。あの校長、話長いよなあ」
流は先程の下級生二人に話し掛けていた。
「あ……あの、貴方は…?」
二人の内の一人が聞いてくる。
突然話し掛けられ戸惑っているようだ。
もう一人は完全に怯えている。
「ああ、そんなに怯えないで。俺は川瀬流。この高校の二年生だ」
「は…はあ……」
「ところで突然なんだけど、今度デートしない?」
「は?で……デートですか?」
「ああ、暇なときでいいんだけ……」
流の言葉が途中で途切れる。
突如、後ろから引っ張られたためだ。
「悪いな、こいつ女癖が悪くてさ……」
流の後ろから男が顔を出す。
身長は高く、髪は茶髪に染めて肩まで伸ばしている。
前を留めなければならないはずの学ランは思い切り全開にされている。
左手には流の襟首、右手には鞄が持たれていた。
どうやら今学校に来たようだ。
ちなみに始業式は全生徒出席である。
つまりいわゆる不良生徒だ。
「放せ洋平!俺は今この子達をデートに誘っているんだ!」
「困ってるだろうが……。あっ、そうだ。俺、並川洋平。今後ともよろしく」
その女生徒達にそれだけ言うと、洋平は流を引きずりながらその場を離れていった。
「おい!さり気なく自己紹介してんじゃねえ!あの娘達は先に俺が目をつけたんだぞ!」
必死で暴れる流だが相当力が強いのか洋平は全く気にした様子も無く流を連行していく。
取り残された女生徒たちはただひたすらそれを傍観することしか出来なかった。
「ったく……新学期早々これかよ。全く呆れたもんだな」
流を引きずり続ける洋平が呆れたように呟く。
「何を言う。何事も最初が肝心なんだぞ?全ては第一印象だ」
得意げに言うが、引きずられていく姿はあまりにも情けない。
新入生は何事かと物珍しげに眺めているが、2年生、3年生は慣れているのか特に気にした様子も無い。
「だから、これで成功……なんだろ?」
引きずられている流の方へ振り返り、洋平は意味ありげに何か企んでいるような笑いを漏らしながら問い掛けた。
「ああ、お前のおかげだ」
流も同じような表情をし、振り返る。
そして顔が合った瞬間、
「あっはっはっはっ!!」
「だーはっはっはっはっ!!」
二人とも爆発的に笑い出した。
これには上級生も驚いたのか、周りの生徒全員が振り向く。
「いやあ、春休みはどうだったよ、相棒!」
「それなりに楽しかったぜ、相棒!」
「そうかそうか。そいつぁ良かった」
他の目も気にせずに大声で話し合う二人。
それはまるで旧友と何年ぶりかの再会を果たしたかのような風景だった。
「そんなことよりもお前、初日から遅刻して……また怒られるぞ?」
しばらく大声で話した後、ようやく興奮が収まってきたのか声を少し抑えて流が訊く。
「んなもん、もう慣れたって」
「……まあ、何を今さらって感じか」
「ああ、そんな感じだ」
「しっかし、お前といると本当に人生が楽しいな!」
「ああ、俺もだ。……よしっ!今日の昼は俺のおごりだ。何でも好きなの言ってくれ!」
「マジか!?それは助かる」
二人はそのままの調子で教室へ歩いていった。
馬鹿笑いをしながら。
それはあまりにも馬鹿すぎる風景で、あまりにも相棒という名が似合いすぎる二人だった。