第二十話 古傷
「あ、流」
食事を終え、二人でソファの上にぐったりと横になっていると何か突然思いついたようにヨウが声をあげて座りなおした。
「ん?」
横になっていた流がその声に反応して顔をあげる。
その姿はまるでショーをしているアシカのような姿であまりにも滑稽すぎたのかヨウが吹き出す。
「?どうした?」
「いや、お前の姿が面白すぎて思わず笑ってしまっただけだ」
「……あっそ」
満腹のため……というよりはむしろ満腹すぎるためか、流の返事がいい加減になる。
それをヨウは特に気にした様子もなく、二人の間にあるテーブルに乗り出してくる。
「こんな事訊くのも気が引けるんだが……って言うか、お前訊きにくい事だらけだな」
「何だそりゃ?訊きたいのか訊きたくないのかどっちなんだ?」
「いや、訊く訊く。家族の一員として知っておかなければならないからな。……だからお前、ちょっと脱いでくれないか?」
真剣な表情でそんな事を言い出すヨウ。
流がじっとヨウの顔を見る。
「?どうした?」
「成る程……ついにお前もその気になったか」
頷きながら流が呟く。
「何か、言っている意味が良く分からないんだが……」
「いや、分かった。お前がその気なら俺は甘んじてそれを受け止めるまで……じゃあ、行こう」
そう言って差し出された流の手をヨウはただ呆然と見つめている。
「行くってどこに行くんだ?」
しばらく考えた末、やはり答えが出なかったのか怪訝な表情を浮かべながらヨウが訊く。
「何処って……俺の部屋だけど?」
「何でお前の部屋に行くんだ?」
「だってお前俺に脱げって言ったじゃん」
「いや、言ったけど……」
「つまりあれだろ?若い男女が二人ベットの上で……すみません、分かりました。冗談です」
ヨウの右手がでこピンの構えを取ったので、流は頭を下げて降参した。
小さくため息をつくとヨウはでこピンをやめ、再び真剣な表情で流を見つめる。
「つまりだな……私が言いたいのはお前の上半身を見せてみろってだけだ。それ以上の意味はない」
「何かそれだけで卑猥な感じがするんだがな……」
「………」
「分かった分かった。脱ぐ、脱ぐから!」
再びでこピンを構えるヨウを見て流は立ち上がって上に来ていた半袖を脱いだ。
それ程ではないものの、ある程度筋肉のついた体がヨウの前にさらけ出される。
「やっぱり……」
呆れたように嘆息するとヨウは立ち上がり流の側まで歩み寄ってきた。
「?何だ?」
ヨウの不可解な行動を不自然に思ったのか、流が様子を窺うようにして顔を覗き込む。
流の近くまで来るとヨウは突然、流のわき腹に手を当てた。
「のわっ!!」
突飛な行動に慌て、流がその場所から飛び退く。
「何すんだよ!?」
相当慌てたのか少し息が荒い。
おそらく心拍数も上がっていることだろう。
「お前、その傷や痣は何だ?」
「痣?」
言っている意味が分からなかったのか、流が自分の体を見下ろす。
その体には古傷や痣がたくさんついている。
「ああ、うん、これか。そう言えば言い忘れてたな」
今気がついたのか、流は腕の傷をさすりながら頷いた。
「これはまあ……えと、ほら。俺ってこんな性格だからさ……その、なんて言うか……他人の女にもたまに声かけちゃうんだ。で、それが不良とかだった場合にさ、こうなるわけだ」
「………」
少し躊躇いがちに話す流だが、ヨウは呆れているためか、沈黙している。
そしてその状態のままヨウは一歩流に詰め寄った。
「お前……どうしてそこまでして女をナンパするんだ?そこまでいくと、もう女好きってだけじゃ納得いかない」
そう話すヨウの目は真剣なもので、本気で流を心配している目だ。
そういうものにあまり慣れていない流は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに元の笑顔を取り戻した。
そして
「じゃあ、無類の女好きってことで」
そう言って再び服を着なおした。
それを聞いてヨウは呆れた表情で小さく笑うと
「……ったく、あまり無茶するんじゃないぞ」
と言って再びソファに腰を落ち着けた。
「あれ?心配してくれるのか?」
「ああ、一応私の家族だしな」
ヨウがそう言うと感動のためか、流の表情が一瞬固まる。
しかしすぐに表情を崩すと
「……そうか。そうだな。わかった。極力気をつけるよ」
そう言って流も腰をおろした。