第二話 日常
ー朝。
いつもよりうるさく聞こえる目覚し時計の音をスイッチを切って止めると、少年、川瀬流はベットからゆっくりと起き上がった。
手に持っている目覚し時計の針は7時30分を指している。
時計を置き、ベットの隣にあるカーテンを勢い良く開けると、窓の向こうにある綺麗なピンク色の風景が視界に飛び込んでくる。
満開の桜。
それを見て流は今の季節が春だったことを思い出す。
(今日から新学期か……)
心の中で呟きながら流は面倒くさそうに制服に着替え出した。
着替えを終え、玄関まで行くと棚の上においてある鍵と無造作に置かれているしわくちゃの茶封筒を手にとり、その二つをズボンのポケットにねじ込むと、そのまま何も言葉を発さずに家を出た。
辺りの桜を見ながらゆっくりと歩を進める流。
しばらくそうして歩いていると、周りの風景はいつの間にか街中の風景に変わっていた。
そして歩きながら先ほどポケットに詰め込んだ茶封筒を取り出すと、その口を広げて中を覗き込む。
中には多数の札束が詰め込まれていた。
その中から一万円札を何枚か抜き取り、自分の財布にそれらを入れた。
「はあ……」
小さくため息をつくと、流はその茶封筒を握って銀行に入って行った。
途中コンビニでカツサンドを買い、それを朝食として食べながら登校する。
それが流の日常である。
「……!」
町から少し離れたところで流が突然何かに気付いたように足を止めた。
流の視線の先には髪を後ろにまとめた一人の少女。
制服を着ているので学生だろう。
流は足音を立てずに少女に歩み寄ると、その腰に思い切り抱きついた。
「どわっ!」
衝撃に押されて倒れそうになるが、何とかその場で踏みとどまる。
「おはよう、俺の愛しの明」
「誰が『俺の』だ!というか流っ!お前そろそろいい加減にしないと本当に警察に突き出すぞ!」
明と呼ばれた少女は男口調で流に向かって怒鳴りつける。
「だってお前の苗字、『河野』だろ?川と河じゃん。これ絶対何か繋がりあるって」
「繋がりあったとしてもセクハラして良い決まりなんてないっ!いい加減離れろっ、暑苦しい!」
「まあまあ、そう言わずに…あっ、そうだ!今度デートしようか。二人で何処かに行こう」
「行かない!って言うかよくもこの状態でデートの誘いなんか出来るな!」
明は必死で振りほどこうとしているが、流は離れる気配すらない。
「あっ、断る?断っちゃうのかあ……ふうん。そうかそうか……」
流は嫌味ったらしく笑いながら、抱きつく力を強めて明の脇の下に手を当てる。
「ひゃっ!ま……待て…お前、何して……?」
「明ぁ。お前確かくすぐりに弱かったよなあ?」
「待て待て。分かった。少し考えさせてくれ……」
「問答無用っ!俺の誘いを断ったこと…後悔させてくれる!」
「ちょっと待…ぎゃっはっはっは!!流!!待て!あっはっはっはっは!!」
流が指を動かしだすと、明は涙を流しながら悶絶しだした。
必死で振りほどこうとするが、流の力が強いのかその束縛からは逃れられない。
しばらくして流が束縛を解くと、明はその場で力尽きたように座り込んだ。
完全に息があがっている。
「で?デートする?」
流がそんな明に再び問う。
「ああ……暇があったらな」
もう元気が無いのか、それだけ答えると再び黙り込んだ。
どうやらもう本当に喋る元気も無いらしい。
「学校、遅れるなよ。じゃあな!」
それだけ言うと流は鞄を持って再び歩き出した。
そしてその途中で可愛い女の子を見かけるとすかさず声を掛け、ナンパをしている。
それが川瀬流の日常なのだ。