第十九話 食事
ヨウは覗き防止のため流にもらったパジャマをすばやく着替えると、着心地を確かめるためか手足を動かしている。
「うん」
納得がいったのか、ご機嫌な様子で頷くと自分の部屋から出た。
そしてそのまま一階に降り、ロビーに再び足を踏み入れる。
しかし流はヨウの姿を見るや否や、すぐに顔を逸らした。
そして一言。
「生きてて良かった……」
涙まで浮かべている。
一方でヨウはその情景を呆れた様子で眺めている。
「………何だか時々お前の言っていることが理解不能になるときがある」
そう言いながらヨウは流の隣に腰掛けた。
「で?今日の夕飯は何だ?」
「夕飯?」
今気がついたのかハッとした表情でヨウを見る流。
「ああ、かなり空腹だ。このままでは餓死する勢いだ」
餓死とは大げさなもののもうすでに時計の針は10時を指している。
流が考えているとヨウの方から「グウ〜」と空腹を訴える音が聞こえてきた。
「分かった。じゃあ、私が作る!」
耐え切れなくなったのかヨウが勢い良く立ち上がる。
「待て。お前料理は得意なのか?こういうシチュエーションって大抵食べられないものが出てくるんだが……」
「大丈夫だ。ここにくる前は自炊していた。安心して待っていていいぞ」
得意げに言うヨウ。
そんなヨウを見て流は小さく微笑みながら
「じゃあ、頼んだ。その間に俺はシャワーを浴びてくるよ」
とだけ言ってロビーを後にした。
少し自分の部屋で休憩した後、シャワーを浴び、上半身裸のままロビーに足を踏み入れる流。
しかし中に入った途端その中の光景に思わず足をとめる。
「おいヨウ……これはどういうことだ?」
流の声を聞き、ピンク色のエプロンをしたヨウが嬉しそうに振り返る。
「お、出てきたか。見ろ。これで料理が得意だと言うことが証明されただろう?」
そう言って両手を広げるヨウ。
その前にある食卓を見てみると豪勢に並んだ完成品の数々。
確かに部分的に見たならばそれは普通の料理。
しかもかなりの完成度の高さだ。
しかしそれはあくまで部分的に見た場合の話だ。
その完成品が載っている机は四人で座る机。
つまり四人で食事をするための机だ。
今その机がその完成品で覆い尽くされている。
しかも今さらにヨウはキッチンで料理を作っている。
「?どうした?そんなところで上半身裸のまま固まってると風邪引くぞ?」
「………」
「ああ、エプロンか?これはそこに入っていたものを使わせてもらったんだ。折角買ってもらった服にしみが出来たら嫌だからな」
そう言ってヨウがタンスを指差す。
「いや、別にそれはいいんだ。使ってくれるならそのエプロンも喜ぶだろう」
あまり思考が働かないのか流が頭に指を当てつつ答える。
「?何か様子が変だぞ、流?」
「ああ、まあな。今後の食生活について頭を悩ませてるんだ」
「……あまり美味しくなさそうか?」
少し落ち込んだ表情を見せるヨウ。
「いや、美味しそうだよ。確かにすごく食べたいよ。だけどな……だけどお前、これ作るのにどれくらいの食材を使った?」
「え?あそこに入っていたもの全部だぞ?」
「………」
さらに流が疲れた表情になる。
「お前にはパーティのときにでも料理を頼もう……」
「?何だ?」
「いや、何でもない」
流が濡れた髪をかき上げ、食卓に顔を向ける。
「よしっ!食べよう!今日はとことんまで食べよう!とにかく食えるだけ食おう!」
開き直ったのか流は堂々とした態度で食卓に向かった。
「あ……ああ。そうだな」
流の突然の変化にヨウは少し戸惑った様子だったが、流が席に座るとヨウもその前の席に腰を落ち着けた。
箸を持つと流はヨウに顔を向け、両手を合わせる。
そして
「頂きますっ!」
大きな声でそう叫ぶや否やすごい勢いで食事にがぶりつき始めた。
それにあわせてヨウも食事に箸をつける。
「あ……」
と、突然何かに気付いたようにヨウが声をあげた。
「?ふぉうひふぁ(どうした)?」
流もその声に気付いたようで口に詰め込みながら顔だけヨウに向ける。
「これ、食べきれるかな……」
「ぶっ!!」
真剣な表情でヨウが呟くと流はわざとなどではなく真剣に噴き出していた。
そしてしばらくむせた後、
「もう少し早く気付こうな……」
と、それだけ言って流は再び食べるのに専念しだした。
この後食卓に並べられた半分以上の食べ物が残り、そのうちの大半が生ゴミを化したのは言うまでもない。