第十六話 動揺
いつもと変わらないはずの下校風景。
その中に人気者の編入生、桜葉沙織とナンパ者で有名な川瀬流。
この二人が手を繋いで歩いているとなればどれだけ奇怪なことだろうか。
「なあ……せめて手を繋ぐのは止めにしないか?」
少し躊躇いがちに流が提案する。
「何で?」
「いや、なんて言うか……周りからの視線が痛い」
「でも周りには誰もいないし、そんなのは慣れっこなんじゃないの?」
そう言って沙織が顔を近づけると流は無意識のうちに視線を逸らした。
男子の中でそれほど身長の高くない流でも沙織とは身長差があるため、沙織が見上げる形になる。
「………」
「ふざけてだったらこういうことは簡単にできちゃうのにね。……もしかして真剣なこういうことはしたことないのかな?」
沙織がさらに流との距離を縮める。
最早、吐息のかかる距離になっている。
「……なあ、お前は一体何がしたいんだ?」
流が一歩下がって沙織と距離をとってから訊く。
「……実は私、秘密って言うのがあまり好きじゃないんだ。だからそういうの見るとすごく気になっちゃうの」
「へえ…それは大変だな。俺に秘密なんてないし、もしあったとしても口は堅いほうだぞ?」
「そう言われるともっと気になっちゃうなあ」
さらに一歩進み出て詰め寄る沙織。
幸い、周りには誰もいないが、こんなところを見られたら学校中の噂になるのは間違いないだろう。
「第一、何で俺がそんなに気になるような秘密を持っているって思ったんだ?」
どうにか話題を逸らせないかとあれこれ思案しながら流が訊いた。
「うん、そのことなんだけどね。他の人はなんとも思ってないみたいだけど、私にはナンパしている時の君の行動が芝居がかっているように見えちゃって」
「なるほど……」
腕を組みながら流が唸るようにそう呟く。
「でも残念だったな。俺は芝居なんてしてない」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
流が表情を崩さずにそう答える。
しばらく考えた後、沙織が再び口を開いた。
「じゃあ、告白してみよっか?」
沙織が唐突に口にした『告白』という言葉を聞いた瞬間、流の顔が歪む。
その表情は驚きと言うよりはむしろ恐怖と言ったほうがしっくりくる表情だ。
しかしそれも一瞬、すぐに落ち着きを取り戻すと流は笑顔を沙織に向けた。
「告白するのは構わないが、俺と恋人同士になるってのは大変なことだぞ?学校だろうが街中だろうが、どこでだって会った瞬間に唇は奪われてると思っておいたほうがいい」
「………それはちょっと嫌かも」
その風景を想像したのか沙織は少し苦笑気味だ。
「だろう?」
「う〜ん…でもそれだと川瀬君の秘密分からないね」
「だから無いって」
「じゃあ、こうしよう」
「俺の言葉は無視かよ……」
沙織は一息入れると再び口を開いた。
「教えてくれるまで川瀬君に付きまとっちゃう」
一瞬、間が空く。
そしてようやく言った言葉の意味が理解できたのか、流はゆっくりと口を開いた。
「………なんでその答えに行き着いた?」
小さくため息を尽きたながらもなにやら焦った表情で流がつぶやく。
「だって川瀬君の周りにいればヒントになる話があるかも知れないじゃない?」
その言葉を聞いて安堵の表情を浮かべる流。
そして諦めたようにゆっくりと首を振った。
「……はあ。分かったよ。それで良いんじゃないか」
疲れたように頭を抱えながら呟く流。
「ただし、言っとくがマジで何も出ないぞ?」
「うん。でも私は何かあるって思うから。……それに君と一緒にいると楽しいしね」
「………」
「それじゃあ、また明日。学校で会ったら必ず話し掛けるよ」
そう言って沙織は手を振りながら駆け足で走り去っていってしまった。
後に一人残された流は一人ため息をついて家路についた。