第十五話 不意打ち2
2時間目終了のチャイムが鳴る。
全員で先生に一礼したあと、解散になる。
今日は学校が始まったばかりのため、HR2時間で終わりなのだ。
「やあ、流。今日はどうするの?」
鞄を持って立ち上がった流に晴樹が話し掛けてくる。
「ん?ああ、今日はまだ学校に用事があるからな。すまんが先に帰ってくれ」
そう言いながら流が並川洋平の机を見る。
その机には今日一日人のいた形跡がない。
洋平がいない時は決まって晴樹が帰りの誘いをしてくる。
もちろん真っ当な誘いではない。
同じナンパ同盟の仲間として一緒にナンパしようという経緯の誘いだ。
ナンパは必ず一人でする。
それが流のナンパするときの自分で決めた決まりなのだ。
しかも今日は本当に用事があるのだ。
「分かった。じゃあ、また明日ね」
晴樹は全く気にした様子もなく、そう言って手を挙げながら教室を出て行ってしまった。
ちなみに晴樹のナンパの腕はかなりのものだ。
かなりの確立で成功させている。
「俺も早いとこ用事を済ませるか」
そう呟きながら流も鞄を持ち、教室を後にした。
チャイムが鳴って5分後、ようやく帰りのHRが終わった。
少々延長したようだ。
桜葉沙織は編入して間もないためか、疲れた表情をしている。
「ふう……」
小さくため息をつくと自分の鞄を持ってゆっくりと立ち上がった。
「桜葉さん、一緒に帰らない?」
突然、顔立ちの整った男子生徒が沙織に話し掛けてきた。
沙織は少し意外そうな顔をしてその男子生徒のほうに振り返る。
「えっと……私?」
「ああ、そうだよ。一緒に帰らない?良かったら家まで送ってくよ?」
「あの……私そう言うのはちょっと……」
「そうか。残念だな。また今度誘うよ」
そう言ってその男子生徒はこの教室を出て行った。
その後も沙織は何人かに声を掛けられてはそれを断った。
それがようやく途切れた頃、帰ろうと急いでいた男子の鞄があたり後ろによろけてしまう。
「わっ……!」
「……っと!」
しかし後ろから肩を捕まれ、何とかバランスを保つ。
「大丈夫か?」
その肩を掴んでいる流が後ろから覗き込む。
「え?あ……うん。ありがとう」
「おい、流。いきなり抱きつくなよな」
その光景を見て明が口を出す。
流は沙織の方から手を離すと明の歩に向き直った。
「よう。俺の明。やきもち妬いてるのか?」
「妬いてないっ!それに『俺の』をつけるなっ!」
「照れちゃって。相変わらずだな、明」
「照れてないって!」
「まっ、そういうところが明らしいと言えば明らしいけどな」
「だから違うって言ってるだろ!」
「よしよし。分かったからもう少し素直になったほうがいいぞ」
そう言いながら流は明に近寄っていき、その体を抱きしめた。
「〜〜〜!!」
反射的に明が流の股間を膝で蹴り上げる。
「だふっ!!」
妙な叫び声を上げて流がその場に倒れ伏した。
股間を抑えて……
「もう来るなっ!」
そう叫んで明はそのまま鞄を持って教室を出て行った。
しばらくの沈黙。
男は哀れみの視線、そして女からは非難の視線を浴びている流。
「あの……大丈夫?」
いまいち状況が飲み込めない沙織はただ伏している流の側に駆け寄って声をかけた。
大量の冷や汗をかいた顔を上げる流。
「あ……ああ」
かろうじて声を出していると言う感じだ。
「桜葉さん、こいつの事は放っておいて大丈夫だよ」
別の女子が話し掛けてくる。
その表情からは心配している気持ちは微塵も感じられない。
沙織はその女子に流から少しはなれたところまで連れて行かれた。
「こいつ、ナンパ者で有名でね。嫌われてはいないんだけど、なんて言うか呆れられてるっていうの?で、ああいう事はしょっちゅうだから心配しなくていいのよ」
その女子がそう言った後で流がようやく起きてきた。
そして沙織達がいるほうに近寄ってくる。
「何?今度は何の用?」
沙織の代わりにその女子が変わりに訊く。
「お前じゃない。お前はこの前声かけたろ。今日はそっちの沙織に話があるんだ」
「え?」
名前を呼ばれたのが以外だったのか、沙織が驚いた表情で反応を示す。
「あ、そうか。俺、基本的に友達は名前で呼ばせてもらうことにしてるから」
「う、うん。いいよ」
思い出したように言う流に対して少し戸惑いながらも沙織はそれを承諾した。
「で、この前のこれ。ありがとな」
そう言って流は綺麗な花柄のハンカチをポケットから取り出した。
「……ああ、あのときの人!」
それを見た瞬間、突然思い出したように沙織が手を叩く。
以前、鼻血をたらしていた流を思い出したのか、少し笑っている。
「でも、それあげたつもりだったのに」
「いや、持っててもこんな花柄じゃあ匂いを嗅ぐぐらいしか俺には使い道ないし」
「匂い……?」
意味が分からなかったのか沙織が首をかしげる。
「こいつ変態だから、どうせそのハンカチに付いた桜葉さんの匂いでも堪能してたんでしょ」
先程の女子が口を挟む。
しかし流は特に気にした様子もなく、手にもっていたハンカチを沙織の手に握らせた。
「まあ、とりあえずサンキュ。あの時は助かったよ。……で、ここからが本題なんだけど、これからデートしない?学校も終わったことだし」
「結局そこなのね……桜葉さん、断っちゃった方がいいよ。こいつ女見ると声掛けてるから」
呆れた表情で囁く女子。
「………うん。いいよ。デートしよっか」
そして沙織はその一言だけ発した。
「……ええっ!?」
「何ぃ!!」
その言葉を聞いて女子も驚いていたが、流が一番驚いていた。
その証拠に一歩後ずさっている。
「……マジで?」
「うん。マジで」
流が訊き返すと、沙織が笑顔で答える。
「……何で?」
「興味がわいたから」
何故かは分からないが流はなにやら焦った様子だ。
それを見て何を思ったのか、沙織は今まで見せたこともない悪戯っぽい笑みを見せると流に向かって手を差し伸べた。
「じゃ、私川瀬君と一緒に帰るから」
そう言って先程の女子に別れを告げると、流の手を握ってその教室を出た。