第十四話 鼓膜
上級生がいきなり入ってきたことにより、一瞬教室の中に静寂が走った。
流はそんなことは気にせずに教室に入っていく。
しかしそこで授業開始のチャイムが鳴り響いた。
「………」
しばらく無言のまま立ち止まっているとそのクラスの担任が入ってくる。
「なんだ川瀬。もう授業が始まっているぞ。早くもどれ」
その教師がそう言うと流は大きくため息をついてそん教室を出た。
「どうだった?」
自分の教室に戻るとそれを待っていたかのように晴樹がいきなり話し掛けてきた。
まだ担任は来ていないようだ。
「顔は見たよ。でも、教室に入ったところでチャイムが鳴っちまってな」
話しながら自分の席に座る。
腕を組み、椅子の背にもたれかかった。
「可愛かったでしょ」
「……まあな。ナンパするには申し分無しだ。だけど話し掛けづらいってのもまた事実だな」
「確かに……あそこからはどうも人を拒んでいるようなオーラが出てるからね」
晴樹も腕を組む。
真剣に考えている二人。
普段からこの二人を見ているものにとってはこの状況はおかしすぎるだろう。
「でも、君なら何とか話し掛けられるでしょ?」
晴樹が顔を上げて笑顔で言う。
「まあな。話し掛けられないことはないが、その後の話を続けられるは分からないぞ?」
「でも川瀬なら何とかなるでしょ」
「その『川瀬なら』ってのは止めてくれ。まるで俺がナンパ者みたいじゃないか」
頭を抱えながら呟く流。
「何言ってるの。あんたがナンパ者じゃなくなったら世界がひっくり返ったときよりも驚くわよ」
流の冗談を返した声は晴樹のものではなかった。
その声を聞くと突然流は立ち上がり、その声の主の方に体を向ける。
「会いたかった……!」
流は何処かのドラマみたいにその声の主、湖上水月の体を抱きしめた。
水月は大人しく抱かれている。
もともと水月、流と同じクラスであった者達は呆れた顔でそれを見守っているが、そうでなかった者達は驚いた表情でその光景を見つめている。
水月はゆっくりと唇を流の耳に寄せ、小さく息を吸い込んだ。
そして……
「わっ!!」
「ッ!!」
大きな声で流の耳目掛けて叫んだ。
流はそのまま後ろにひっくり返り、耳を抑えている。
「全く……こういうのは恋人が出来てからその相手にしてあげなさい」
「………」
その声が聞こえているのか聞こえていないのか流は自分の耳の側で手を叩いたりして鼓膜の安否を確かめている。
「川瀬、大丈夫かい?」
晴樹が流を助け起こす。
「なあ、晴樹。なんか俺の耳から血出てない?なんか何も聞こえないんだけど……」
「大丈夫。至って正常だよ。鼓膜が破れても生きていける」
「?なんか今変な言葉が聞こえたような……」
「気のせい気のせい。そんなことよりも担任来たよ。座った方がいいんじゃない?」
「俺適にはそれよりも保健室に行きたい……」
そんな事をいいながら流は自分の席に戻っていった。