第百五話 奢り
「ごちそうさま」
流が店を出ると水月が笑顔でそう言った。
「って、お前結局奢らせてんじゃねぇか!!」
文句を言うと水月は可愛らしく小さく舌を出して見せた。
その様子を見て流は大きくため息をつくと水月の頭の上に手をそっと乗せる。
そして優しく微笑み……………思い切り力を入れた。
「痛い痛い痛いっ!」
「どんなに可愛くても許されまじき行為というものがあるっ!」
「あ、可愛いって言った?」
「……っ!」
水月の言葉に反応して流が思わずその手を離してしまう。
その隙に水月は軽やかなステップで流から距離をとった。
「あははっ!今の流って本当におもしろいわね」
愉しそうに笑っている水月を見て流が大きなため息をつき、諦めたように呟く。
「分かったよ。今回だけは俺の奢りでいいよ」
「本当!?」
「ああ。ただし今回だけだからな。次回は奢らないぞ」
流が指摘すると、水月はなにやらニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら流を見つめる。
「………何だよ?」
「ううん。何でもない。ただ………」
「ただ?」
「またデートしてくれるんだって思ってね」
「………ま、まあな。お……女の子からの誘いを断るなんて俺にはできないからな」
戸惑いながらも自分のキャラを貫き通す流。
そんな流を見て水月は嬉しそうに微笑み踵を返した。
「そう。じゃあ、また誘うわね。それじゃあ、また明日」
言って水月は一度振り返ってもう一度笑みを見せると、そのまま歩いていった。
流も一つ大きなため息をついて、空を仰ぎ見てから家路についた。
流が家に帰ると、丁度薫の勉強が終わったところらしく、薫は机の上でぐったりとうなだれていた。
「お疲れさん」
流は部屋に入ると二人にそう告げた。
ヨウも教えるのは慣れていなかったのか、少し疲れた表情をしている。
「ああ、お帰り」
「ただいま」
「お帰りー!」
流とヨウがいつものやりとりをし、それに由美が続く。
「で、薫。どうだ? ヨウの教え方は?」
「すごく分かりやすいです。おかげですごく助かりましたよ」
流が尋ねると、薫が疲れた表情のまま笑みを浮かべて呟く。
「ボクも教わっちゃった」
「そうか。それは良かった」
「うん。おかげで点数上がりそうだよ」
笑顔で流に告げる由美。
「って、何でお前と話してることになってんだよ! 俺は今薫と話してるんだ!」
「…………」
「そんな顔してもだめだ。っていうか、なぜ由美がここにいる」
言いながら流がヨウの方を見る。
「いや……まあ、簡単に言えばさっきまで一緒に勉強をしていたんだが」
ヨウが説明すると、由美は大きく頷いてから流に抱きついた。
「そうそう。流君が帰ってくるまで待ってたんだよぉ」
「だーっ! 分かったから引っ付くな!」
『ナンパ者ではない』と言う事実を知っていることもあって、流は由美を躊躇い無く引きはがした。
「むー。流君の意地悪」
「意地悪で結構コケコッコー。……で、終わったのか?」
「ああっ、流君適当に流した! ひどいよ!」
由美の文句をスルーしつつ、視線をヨウに戻し、流が尋ねる。
「ああ。一応今日の分はな。だが、また明日もきてもらうことになった。数日かけて完成させた方が定着するだろうからな」
「……分かった。じゃあ、明日もまたやるのか?」
「ああ。もう薫とも話し合って決めている」
ヨウが言いながら薫の方を見ると、薫は頭を掻きながら
「何か、申し訳ないですけどそう言うことになりました」
と苦笑しながら答えた。
「そうか。よろしく頼むな、ヨウ」
「ああ、できる限り協力するよ」
流がヨウの頭に手を乗せながら言うと、ヨウはその手を冷静に払いながら呟いた。