第百二話 我慢
特に何をするでもなく、町の中を先ほど買ったカツサンドをかじりながら歩いていく流。
「あら、流じゃない?」
不意に後ろから声をかけられ、振り向く流。
そこにいたのは湖上水月。
流が今の状態ではもっとも会いたくない人物だ。
「何してんの?」
「見ての通り、カツサンドをかじりながら歩いてるんだ」
水月が尋ねると、流は自分の今の様子を簡潔に答えた。
そんな流の投げやりな態度を見て水月は特に不機嫌になる様子もなく流を見ている。
「ふぅん。じゃあ、今暇なんだ?」
「いや、カツサンドをかじるのにものすごく忙しい」
流は水月と関わりたくない一心でそう答えた。
しかしそんな流の心が伝わるはずもなく、水月はニヤニヤしながら流との距離を詰めた。
距離は流が仰け反らなければならないほどの距離。
今にも飛び退きたい流だが、水月の前でそんなことをすれば後が悲惨なことになる。
「水月。……近い」
流は水月から視線を逸らしながらその行動を注意した。
もちろんそんな注意も聞くはずもなく、水月が流の頬にそっと手を当てる。
「ねぇ。最近あんたノリが悪過ぎじゃない?」
魅惑的な手つきで触れた手を動かして流の首筋をゆっくりとなぞっていく。
流は動揺しないように自分の理性をしっかり保ちながら、水月の肩に手をおいて自分から少し離れた場所に移動させた。
「別に。そう言う気分じゃないだけだ」
「気分だけでそんなに変わるものなの?」
「ああ」
流が答えると水月は明らかに納得していない表情で頷きながら話題を元に戻した。
「ところでさ、結局今暇なんでしょ?」
「………まあ、実際のところ暇じゃないことはないな」
流がそう答えると水月は手を打って次の提案をしてくる。
「じゃあ、そこら辺の喫茶店でお茶でもしない?ほら、あんたの好きなデート」
デートと言う言葉に思わず一瞬だけ反応してしまう流。
しかしその一瞬は見咎められることはなかったのか、水月は先ほどと変わらない表情で流を見ている。
水月の表情……それは先ほどと同じようにニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている表情である。
(こいつ………探ってるのか?)
流はいやな予感が頭をよぎり、退くに退けない状況になってしまったことを感じた。
「分かったよ。……ただし奢らないからな」
そういって流が承諾すると水月は意外そうな表情を浮かべてから、流の横に回ってきた。
「へぇ。ノってくれるの?」
「ああ。どうせ『暇』だしな」
流は『暇』の部分を強調して言ってみるが、水月は全く気にしない様子で流の手を取る。
(平常心平常心………)
心の中で念仏のように唱えながら流は水月と一緒に歩いていった。