第一話 奇跡
横には真っ白な壁、そして下を見れば寂しく続く病院の廊下。
そんな中、一つの長いすに腰掛ける少年の姿があった。
顔の幼さからして小学生ぐらいだろう。
光に照らされたその表情がやけに暗い。
周りに人気は無く、静まり返っている。
「お兄ちゃん……」
不意に顔を上げ、静かにそう呟いた。
少年が見上げた先には『手術中』と書いてある看板がある。
「やあ、どうしたんだい?暗い顔して」
突然隣から声がし、少年が驚いたように振り返る。
先程まで誰もいなかったはずの長いすの隣の席には金髪の長い髪をした少女が座っていた。
高校生ぐらいだろうか。
無地のTシャツにジーパンという、全く洒落っ気の無い格好をしている。
「……お姉ちゃん、誰?お兄ちゃんの知り合い?」
「いや、会ったことも無い。君が暗い顔していたからね、ちょっと話し掛けてみた。それだけ……」
その少女はそれだけ言うと少年の顔から視線をはずし、真正面を見る。
少年はしばらく少女の顔を見ていたが、やがて同じように壁に視線を移した。
しばらくすると少女が再び口を開く。
今度は少しトーンを落として。
「君のお兄さん、もう助からないよ」
「え?」
少年が顔をあげて少女の顔を見る。
その横顔はとても悲しげで、罪悪感で押しつぶされてしまいそうな表情をしている。
「奇跡でも起きない限りは助からない」
「どういう……こと?」
「重い病気なんだろ?君のお兄さんは……。そして今その手術を受けている。それが成功する確率は0%だ。つまり……死ぬ」
次の瞬間には少年は勢い良く立ち上がっていた。
「う…そだ…お兄ちゃんは絶対死なないって約束してくれたもん!ちゃんと治してくるって……そうしたら一緒にまた遊ぼうって言ってくれたもん!」
「悪いがこれが現実なんだ。君には辛いかもしれないが覚悟しておいた方がいい」
取り乱す少年を諭すように少女が呟く。
「嫌だ……嫌だ嫌だいやだあっ!何で……なんで僕ばっかりこんな目に会わなくちゃいけないのさ!お父さんも、お母さんも……なんで皆いなくなっちゃうの!何で僕だけ……なんで………」
今まで出来るだけ考えないようにしてきたことを言われ、少年が癇癪を起こしだした。
そんな少年を見て少女はゆっくりと立ち上がり、震える体をそっと抱きしめた。
「そうか……ご両親も亡くなっていたのか…」
「うっ…うう……うあああああああああん!!」
我慢しきれなくなったのか少年が思い切り少女に泣きつく。
少年の身長は少女の肩までしかなく、母親が息子を抱きしめるような形になった。
少年がひとしきり泣きじゃくり、少し落ち着くと少女は静かに口を開いた。
「奇跡……起こしたいかい?」
「え?」
驚いた表情で少年が顔をあげる。
先程まで泣いていたせいか、瞼が真っ赤だ。
「実は私……『悪魔』って言うのをやっていてね。人の願い事を何でもかなえられる」
「!じゃあ…!」
明るい表情を浮かべながら少年が少女の顔を見上げる。
「ただし!……ただしな。その望みを叶えたいならばその人が一番大切にしているものをその人は奪われる。取引だ。……分かるかい?つまり君の身に何が起こるか分からない」
「………」
「それでも願い事を叶えたいというならば、私が叶えてやろう、君の願いを」
少年の肩がわずかに震えている。
やはり恐いのだろう。
しばらくしてようやく少年が口を開いた。
「お願い……」
「いいのか?」
少女が訊き返す。
「うん……恐いけど…何が起こってもお兄ちゃんがいなくなっちゃうよりは嫌じゃないと思うから」
そう言って少年がゆっくりと微笑む。
「分かった」
少女も微笑み、そして少年の頭に手を当てた。
初めて書く恋愛ものです。まだまだ素人ですが、読んでくださると光栄です。