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OVERSPEC  作者: 新地天
虚構の土台に想いの礫を積む
4/6

『幻想狩り』の決闘Ⅰ/Duel of the Gifted Ⅰ

日本 国際奇蹟学院 地下訓練場

□乃伊弥能


 IAGの校舎ひしめく中心部。直下には人工的に広げられた巨大な地下空間の一部を占有する訓練場がある。

 その控え室の一室で僕は洗面器に胃の内容物を全てぶちまけていた。


「先生大丈夫?」


 背後から声が心配する。どういう訳かヴァレンティーニ君がいる。


「これが、大丈夫、に、見えるかい……?」


 ヴッ!?


 再び腹からせり上がる不快感を迷わず洗面所に吐き出す。

 口の中が酸っぱい。まさか今朝のミックスサンドをこんな形で再び味わう羽目になるとは。吐き気が落ち着いたようなので、口をすすいでようやくすっきりした。うえっ、まだ酸っぱい……

 決闘の申し出を意気揚々と受けたのに、このざまとは我ながら情けない。


「いやあ、まさか序盤でまさかの意味で見所が出来るとは思わなかったよ」

「うるさい。それより君は観客席にいるべきじゃないか?別に君が決闘するわけじゃないだろ」

「まあまあ、別にいいじゃん。別に減るものでもナイし」


 ケイタイ片手に適当なベンチで横になりながら金髪少年はそう言う。

 まあ、確かにそうだけどさ。

 それにしても自分の事なのに初めて知ったよ。まさか僕が大人数の視線に晒されるとPD(パニック障害)になるなんて。こんな事、今まで一度もなかったのに。……いや、あの規模の数の人にじろじろ見られるのは何気に初めてか……?

 そんな少なくとも自分にとって衝撃の事実が発覚したのは、先程までグラウンド、これから僕と白城君が果たし合いをする場に立った時だ。

 訓練場は東京ドームほどの大きさで、観客席は満員。人々の熱狂が震動となって響き渡り、空気が揺らぐ錯覚をもたらした。

 恥ずかしながら、僕の前の仕事の都合上、世界各地を転々とする機会は多々あったが、こういった施設に立ち寄る機会はまるでなかった。そのせいでついついお上りさんみたく物珍し気に観客席を見回してしまった。これがいけなかった。

 観客の一人と目が合ったのだ。何気なしにその隣に視線を移すと、そこでもまた目が合ってしまった。また視線を移してはまた目が合って……そんなループを数回繰り返した後、観客席にいる大勢から注目されていることを認識した瞬間、急に動悸が激しくなり、めまいを覚え、気付いた時には四つん這いになって吐き出していた。今にして思えば口を押えた手も僅かに震えていた気がする。

 僕は立会人に体調の不良を理由に休憩時間を要求すると、立会人はこれを許可し、5分間の休憩を言い渡した。

 僕はそれを聞いてほっと安堵の息を吐く暇もなくと、少しふらつきながらも逃げるようにして控え室に向かった。




 その結果今、僕は一番近くにあったベンチに倒れこむようにして横になるという無様を晒している訳である。


「それにしたって何なんだあの人数は。ほぼ満席じゃないか。クラス全員で喧伝したって限度があるぞ」

 

 呻くように呟いた独り言に答える声が返ってきた。


「だって去年からほぼ恒例行事だったからね、アレ。だから白城ちゃんが決闘するってだけでほぼお祭り騒ぎになるんだ」

「成程。でヴァレンティーニ君、もう一度聞くけど君はなんでここにいるのかな?敵情視察って奴かい?」

「まっさかー。オレは別に白城ちゃんの味方でもなんでもねえし。それに正直白城ちゃんのワンマンショーに飽きたし」


 うん?今何か聞き間違えてしまったか?


「いんや、聞き間違いでも何でもネエよ。白城ちゃんは学生教師問わず決闘でボッコボコにしてんのよ。一見剣だけで相手に勝ってるように見えるから、それで付いた称号は『剣士無双』。多分今学園で一番有名な異名ネームじゃね?」


 まあ白城ちゃんが苦戦したコトは何度かあったけどな、とヴァレンティーニ君は付け加えた。


「だからさ、チョットでも先生が有利になるよう彼女の『奇蹟』の情報を提供しようと思うんだけど、どうよ」

「是非」


 ちょっと食い気味に返答してしまったからか、若干引かれてしまった。


「お、おう。イヤでも意外だったな」

「意外と病弱な自分に我ながら驚いてるよ」


 イヤそれも驚きだけど、と彼は同意しつつもこう続けた。


「驚いたのはむしろアンタが決闘をすんなり素直に受け入れたコトだよ。普通、ここでは決闘が出来るんだぜ、って言われても来たばっかのオレ達は勿論アンタみたいな新人の先生、ひいてはあの白城ちゃんだって当初は戸惑ってたんだぜ?」


 まあ今でこそあんなキレたカタナみたいなヤツだけど、と彼は皮肉げに言った。

 成程、白城君のあの雰囲気に合点がいった。どこかで感じたことがあると思ったら、あれは熟練の剣使いが放つそれだ。実力無き者が無遠慮に彼の領域に踏み入った途端、放たれる清澄な殺意。これ以上一歩でも踏み入ってみろ、一刀両断にして切り捨ててくれる。そんな明確な意思を帯びた殺意だ。最も熟練のそれと比べると一回り二回り弱い印象を受けるけど。


「もしかして先生って白城ちゃんと同じクチ?」

「さあ、どうだろうね。多分そうかもしれない」

「それにしても、さっきスゴく食い気味に返事したね先生。何、白城ちゃんがタイプだったりする?一目惚れしちゃったらイケイケGOGOみたいな?」


 何となく女子の彼に対する態度の理由が分かった気がする。


「違うよ。まあ白城君は大きくなると美人になるタイプだとは思うよ。今でも充分可愛いとは思うけどね。それにむしろ逆だよ。何事にも情報をきっちり揃えてから攻略するタイプさ」

「およ?もしかして先生意外と数寄者?」


 そういう意味ではないのだけど。というか外国人のくせによくそんな言葉を、しかも珍しい使い方を知っているな。

 確かに、僕はやや血気盛んなきらいがある。だが情報収集の大切さも痛い程知っている。

 情報収集はもはや職業病レベルで染み着いてしまっている。

 新人だった頃、何度事前に情報聞かずに突撃したせいで任務中幻獣に不意打ちされたことか。そのせいで僕に『暴走特急』なんて不名誉なあだ名がついてしまったが、それはまた別の話だ。

 そんな過去の失敗を経験したからこそ、今、より正確には昨日までは斥候や情報屋からの情報にはしっかり耳を傾けたし、ちょっとした噂話だって聞き逃さなかった。これらは『幻想』と対峙する際のヒントが混じっていることがあるからだ。そうして考えうるリスクや不確定要素を確実に潰して盤石の態勢を整える。その過程で女性とお茶をする機会があったというだけの話。

 任務に限らずこれは全ての事柄に適用される。しかし、いつも欲しい情報が欲しい時に手に入るわけではないのだ。今回の件は正にそういう状態だ。

 今までに対戦相手の情報を知る機会は幾度もあったはずだがそうしなかった。こんな事になるなんて予想できなかったこちらに落ち度があった。

 ……予想できるかこんなモン。女子高生に学園で決闘挑まれました、って何だよ。現代日本だぞ。確かにここは特殊な学園だけど、ライトノベルみたいな学園ファンタジーものじゃないんだぞ。日常生活でそんなこと普通起こらんわ!

 ……まあ、発砲音飛び交う日常なら体験したことならあるが、あれはあそこの治安レベルを考えれば妥当である。うん?そう考えると時と場合によっては女子高生から決闘を申し込まれる日常が微粒子レベルの確率で存在するのかもしれないのか……?いや、やっぱりないな。

 うん、内心で愚痴っても仕方ない。

 僕はヴァレンティーニ君から白城君の『奇蹟』について教えてもらった後、対策を練るため、呼ばれるまで一人で控え室をぐるぐる回りながら思索に耽った。


「最も、あいつの『奇蹟』を知ったからといって勝てるかと言うと、正直ビミョーなとこだけどね」


 そんな呟きが聞こえたけど、考え込んでいた事もあって僕はそれを聞き流してしまった。




○白城佑梨


 決闘。それはいつ誰が初めたか分からないが、気付けばこの学園の風物詩となった独自のスポーツ格闘技。

 ルールは簡単。自慢のファイティングスタイル――それこそ徒手空拳でも可。出来るならの話になるけれど――で相手を倒す、それだけ。簡単に言ってしまえばバーリトゥードの『幻想狩り』版である。

 正確には相手のプロテクターに攻撃を3回先に当てたら勝ち。これ以外にもずらっとA4版の紙の一面が埋め尽くされる程度に細々とルールが制定されているけれど、プロテクターに覆われていない部位に攻撃を当ててはいけないといった常識を弁えていればやっていけるシンプルなゲーム。

 最初の時こそ驚いたけれど、今ではもう慣れたもの。むしろこれがないとやっていけない。春休みの間どれほど待ち望んでいた事か。

 血が騒ぐ。相手をどう切り伏せるか考えるだけで頭が沸騰しそう。

 無意識に握っていた右手あたりで空間が揺らぐのを感じた。

 いけないいけない。まだ始まってもないのに『奇蹟』を使っちゃうところだった。

 決闘前の『奇蹟』の使用は反則になる。つまらない事で不戦敗は避けたい。

 昂りを抑えるために、目をつむり、今回の対戦相手の事を考える。

 思えば今回は今までにないタイプの相手だった。

 若葉のようなみずみずしい碧眼なのにどこか老熟した光を宿していた。そのくせ優男みたいな雰囲気を醸し出したかと思えば、いきなり首を搔き斬られそうになっても泰然としてるし、仕舞いには決闘を受ける瞬間には不敵に笑う。そして今さっき青い顔して控え室に戻った。つかみどころがないんだか、単にせわしないんだか。

 大分落ち着いたみたい。

 この場所にも随分なじんだ。土で覆われたフィールド、ほぼ満席状態の観客席。見えていなくても、足の地面を踏みしめる感触、耳朶を打つ音、肌から伝わる熱気。それらすべてのおかげで、頭の中でここの景色を簡単に思い浮かべる事ができる。

 前回と違い、観客の盛り上がりがやや欠けているみたい。

 これに関しては無理もない。

 去年私は生徒教師問わず合計8回決闘した。で、年間平均で行われる決闘の数は25回。平均のおよそ3分の1も占めればマンネリ化するのは仕方ない。

 残念。今回も私。代わり映え無くてごめんなさいね。




 ぼんやり考え事に時間を費やしていたら、もう5分経っていたみたい。 


――来た。


 気配を感じて目を開いた。思った通り彼は来ていた。

 ただ一点、さっきと違っていた。目隠しをしている。ふざけているのか?

 私は皮肉を投げかけてやった。


「随分と余裕ですね」

「そんなことはない。正直、落ち着かないんだ。でもこうでもしないとやれそうにないから仕方ないだろう?」


 言いたい事は分かる。あの様子からしておそらく彼は視線恐怖症だ。

 でも、数ある対処の仕方からそれを選ぶとか……もっと他にもあるはずなのに。例えばここにいる観客達にご退場願う、とか。

 私は戦う事が好きだ。だけど一方的に嬲るような戦いとも呼べない戦いは大嫌い。


「日を改めましょうか。無理して自分が不利になる状況で戦わなくてもいいんですよ。私は対等な試合を望んでいますから」

「だからって無暗に殺気を撒き散らさない。仲間を怖がらせてどうする。それはそれとして成程、それは魅力的な提案だ」


 だが断る。彼はそう断言した。


「君の温情を無碍にするのは少々心が痛むが、折角教師になったんだ。僕なりのやり方で不利な状況下での戦い方をこの場でこの場にいる生徒たち皆に教えていきたいと思う」


 は?


「それに、あまり僕を舐めるな」


 そう言った途端、彼の雰囲気が変わった。午後の暖かい陽だまりが、雲でさえぎられ急に冷え込むように。


「僕は未だ若輩なれどこの腕、先達たちに見劣りしない幾百幾千の魑魅魍魎を屠った豪腕と知れ」


 ふぅん、言うじゃない。似たような事をいつか聞いた気がする。そう言った奴は手を出せず完封負けしたっけ。どうでもいいけど。

 審判は律儀にも私たちのやり取りが終わるのを待っていたらしく、終わったと判断したのか簡単にルールをおさらいして私たち双方に確認してきた。


「両者ともよろしいですか」

「「はい」」

「では」


――3


 私は体の力を抜いて再度目を閉じた。

 初めは軽く小手調べのつもりだけど気が変わった。初手から全力をぶつける……!


――2


 目を瞑るのは私の全身全霊を発揮するための第一段階。

 第二で彼をこの目で捉えられれば、以降は私の独壇場だ。


――1


 先生。先ほど舐めるな、と言ったわね。

 そのセリフ、そのままあなたにお返しするわ。


――始め!


「私を舐めんな!アンタの教材代わりじゃねえんだよ!」


 『未来視』、開眼。

 そして視界はなぜか目の前にいるはずの先生ではなく、訓練場の照明だらけの眩しい天井を映していた。

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