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OVERSPEC  作者: 新地天
虚構の土台に想いの礫を積む
2/6

始まりはいつも唐突に/Begins like a bolt from the blue

日本 国際奇蹟学院 

□乃伊弥能


 4月。

 周囲を見渡せばブレザー、ブレザー&ブレザー。どこもかしこも学生だらけだ。所々教師や研究員と思われるスーツ姿や白衣姿がせわしなく動くのが見えるが、視界内の生徒の数に比べれば微々たるものだ。

 それもそのはず。僕の目の前には白を基調としたモダンなデザインをしたガラス張りの校舎がそびえ立っている。学生がいるのは何らおかしくはない。

 ここは国際奇蹟学院こくさいきせきがくいん、通称IAG。日本全国の『幻想狩り(エニグマキラー)』の卵を集めるために建てられた、数少ない『幻想狩り』の『幻想狩り』による『幻想狩り』のための小中高大一貫の超巨大校だ。


 『幻想狩り』は一言で言い表すなら異能者だ。

 異能者が『奇蹟』と呼ばれる異能を発現する年齢には個人差がある。ばらつきは激しいが、統計をとってみると第二次性徴が現れる頃、つまるところ9,10歳ぐらいの年齢に発現する事が多い事が分かっている。

 異能者の子供は、非力な一般人から見れば、ブラックアウト一歩手前のパイロットが乗っている戦闘機のようなものだ。子供が『奇蹟』を、何らかの拍子に一般社会で使ってしまったらどうなるか。結果は火を見るより明らかだ。

 IAGにはそんな子供たちが自分たちの力を制御できるまで一般社会から隔離する目的もある。

 子供達は通常12年間IAGで過ごす事になるが、卒業すれば多くは国もしくは国際社会という場で『幻想狩り』として活躍する事になる。そういう意味では、ここの生徒達は、将来が約束されていると言えるかもしれない。


 だからだろうか、まわりの学生達から浮ついた空気、弛んだ空気が感じられる。中には「俺は将来第1級エージェントになる」などと豪語する学生も見かけたが。

 大いに結構。

 前者と違い、後者のような者なら、そのやる気を維持すればいずれは辿り着ける領域だ。将来性は期待大だな。最も、過剰な自信は慢心につながる事も無きにしもあらず。彼がそうならないよう願いたいものだ。

 僕は横目でそれを捉えながら周囲よりやや速いペースで歩く。

 人は嫌いではないが、大勢の人と好き好んで同じ場に留まるとなると、話が違ってくる。

 僕はつい、もう何度目か分からない欠伸をする。別に教師ほどつまらん職業もないとか思ってない。むしろ期待している節があるくらいだ。

 ただ何となく気が進まない。嫌な予感がすると言えばいいのか。それが足にしがみつく駄々っ子のように体に纏わって離れない。

 そもそも何故教師としてここに来る事になったのか。まずはそこから説明しなければなるまい。




 昨日、つまりカイメラを倒して近くの事務所に戻った後の事だ。いつものように後は報告書を書くばかりとなったときに上司からビデオ通話が来たのだ。

 ビデオ通話を付けるなり開口一番に言われたことが『教員免許持ってる?日本のやつね』だ。

 彼が何の脈絡もなく突飛な事を抜かすのはいつもの事だから気にならない。というよりはこの程度の事で一々目くじらを立てていたら彼の下では働けない。


「いえ、持っていません」

『だよねー。あった方がいいけど無くても何とかなるからいいか』


 画面越しの上司は聞きたいことはそれだけだったのか、こちらには聞き取れない声量で独り言を垂れ流す。

 彼は非常に優秀な上司だ。7年も彼の下で働き続けれているから良く分かる。だから彼からの指令に異議や疑問を挟んだことは最初の1年を除いてほとんど無い。


「僕に教師になれと?」

『そうだよ?』


 成程。やった事がないから何とも言えないが、これはまた楽じゃなさそうな仕事だ。

 それにしても意図が分からない。


「理由をお聞きしても?」

『IAGは君も知っているだろう?』

「ええ」

『学生の人数が年々増えているようでね、しかも前世代の教師の高齢化による引退で、慢性的な教員不足に陥っているらしい。現に、「特に『幻想狩り』の教師は喉から手が出るほど欲しい」と懇願の手紙が何通も来ているのだよ』


 思っていたより単純な理由だった。まさか人手不足とは……

 何がおかしいのか、彼はくつくつと笑っている。


「事情は把握しました。ですが先程お答えしたように、僕は資格を持っていません」

『その点は大丈夫だ。IAGでは『幻想狩り』であれば誰かから推薦してもらえば免許なくても教師になれるからね。俺が直々に推薦すれば問題ないだろうさ』

「では何故僕なのでしょうか?僕より優れた『幻想狩り』は他にもいます」

『謙遜も過ぎれば嫌味だねえ。何、当然の帰結だよ。IAGは国際なんてついているが所詮は日本の学校だ。であれば教師も日本人であることが好ましい。国籍上日本人で、ある程度の実績を上げていて、尚且つ俺の信頼を得るに足る人物、と条件を絞れば君になったというだけの話だ。他に何か聞きたい事はあるかね?』


 成程。確認したいこと確認できたからもう十分だ。

 後は開始日時を確認するぐらいか。


『明日だね』


 ……は?

 間抜けな顔を晒さなかった自分を褒めてやりたい。頭が一時思考停止状態になった自分を罵倒したい。


『より正確に言えば15時間後、日本時間で午前9時だよ。ああ、手続きはあらかじめやっておいたから安心したまえ。それと、報告書は多少遅れても構わないよ。それでは楽しい教員ライフを。バイバーイ☆』


 間延びした別れの挨拶を最後に通話が切れた。




 ……さて、僕の上司は優秀だ。そこは否定しない。彼の組むスケジュールが些か……かなり強行軍な点を除けばだが。

 思い出すだけでも腹立たしい。

 彼の無茶ぶりは今に始まった事じゃない。苦痛に思う事は無い。問題ありだけどそこが問題ではない。

 僕が腹立てているのは、今回のように事前の相談もせずに直前で俺に仕事を投げつける癖だ。緊急でもないのに直前に通知、形だけの確認、そういうときに限って無駄に早い事前準備。もはや嫌がらせとしか思えない。

 別段そんな事で折れるほどヤワじゃないし、ブチ切れるほど怒りっぽいわけでもないが、流石に不機嫌にはなる。

 不必要な不眠は作業の効率を下げるだけだ。現在ストレスホルモン絶賛大量分泌中だよチクショウメが。

 ああいかんいかん、一度考えてしまったら連鎖的に他の事も思い出してその度にイライラしてき――


「お兄ちゃん!」


 背後から迫る気配に気づくのに遅れてしまい、思考が一瞬空白となり、為すが儘にされてしまう。

 うんざりしながらも何度放ったか分からない言葉を背後の存在に放つ。


「僕を慕ってくれるのは構わないけど、衆人環境でいちゃつきにくるのはやめてくれ、と何度も言ったはずだよ?マイシスターよ」

「あたしがお兄ちゃん大好きということを衆人に知らしめてはいけないの?」

「僕の社会的評判に関わるから。一般社会はロリコンやペドには風当たりが強いからね。汚名返上できないレベルで風評被害受けたら僕は殺戮マシーンになれる自信があるよ」

「ふふ、大丈夫よお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんでも愛して見せるわ。ああ、追われる身のの兄と帰りを待つ妹の禁断の恋……堪らなくゾクゾクするわ」

「本当にぶれないね!?というかそういう問題じゃないよね!?」


 知ったことではないとでもいうように僕の妹、アリスは実に晴れやかな笑顔をこちらに向け、抱きしめる力を強くする。

 ツーサイドアップのシルバーブロンドが太陽光を反射して眩しい。

 ミシミシ、と骨が軋む音が聞こえた気がするが、多分幻聴だ。いやそうに違いない。


「そろそろ放してくれないかな?僕は始業式までに理事長に顔を合わせておきたいんだけど」

「どうしてここにいるの?」


 僕とアリスのコミュニケーションは、一見成立しているようでしていない。けれどやっぱり成立しているという奇妙な状態の上にある。

 キャッチボールでこちらが普通に送球したら殺意120%のレーザービームが返ってきた、といったところか。ドッジボールの方がまだ優しく思える。

 これもまたいつもの事だからもう気にならないけど。こちらの意図を理解してくれれば充分だ。


「本当に人に話を聞かないね、君は。……まあ、仕事だよ。仕事」

「え、じゃあ……」

「そう、今年度から僕はここの教師。高等部の方だけどね。まあ、あと1年もすれば、君もエレベーター式でこっちに入るんだから。それに、昼休みとか放課後とかに会う機会はある。今までよりは一緒にいる時間があるだろう?」


 一瞬呆然とした後、また花が咲くように破顔するアリス。それはとても無垢で愛らしい……のだが、万力のようにキリキリと体を締められていなければ、こちらも自然な微笑みを返していたかもしれない。残念ながら、対外用猫かぶりスマイルを引き攣らせないようにするので精一杯だった。

 嗚呼、周囲の、周囲の視線が痛い。痛いなあ……




「もう少しお兄ちゃんを堪能したいけれど、そろそろ時間だから行くね。またあたしに愛でて欲しかったら、放課後に会いましょう」


 耳元でそう囁きながらこちらから離れ、蠱惑的な笑みを浮かべるアリス。

 君、家でも結構いちゃついてくるよね?アレでも足りないのかい?

 一瞬口を突いて出そうになったが、直感がそれをさえぎった。なんか言ってしまったらダメな気がする。

 その代わり僕は反撃に出た。


「はいはい、もう十分愛を貰ったんで結構ですよ。それに――」


 僕は微笑みながらアリスの頭を優しく撫でる。


「――君がこうして普通に生きていけることが僕にとっての幸せだ。それ以上の幸福は罰当たりだよ」


 気障きざったらし過ぎたかな?

 ここで周囲をうかがうなんて事はしない。したらうずくまって羞恥しゅうちもだえるという更なる痴態ちたいさらしてしまいそうだ。

 先ほどまでの小悪魔的な表情は何処へやら、彼女の顔はみるみるうちに茹蛸ゆでだこのように赤くなり、恥じらう乙女のそれになっていた。

 ふっ、妹よ。僕を揶揄からかおうなんざ100年早いわ。

 彼女はとても押しが強いけど、押されると途端に初々しくなる。僕にとってはとても不思議な反応だ。そして微笑ましい気持ちになるから見てて飽きない。

 自分が恥ずかしくなるような言動で、妹が恥ずかしがる様子が見れるなら、お釣りとしては充分だ。


「ほら、そろそろ始業式が始まるから行きなさい」


 僕は促すと、彼女は俯いた顔で小さくこくんと頷く。素直で大変よろしい。

 椏莉栖が中等部校舎の方向へ歩き去るの姿が見えなくなるまで見送った後、僕は再び歩き出す。心なしか先程より歩調が軽やかだ。

 そのおかげか、目の前を横切る桃色の存在に気が付いた。

 ふと視線を上げれば、新しい始まりを祝福するような、青空と桜吹雪の鮮やかな景色が視界に映る。休日であれば花見と洒落込んでいたにところかもしれない。


 まあ経緯はどうあれ、教師になった以上はしっかりその役目をしっかり果たすだけだ。

 今思えばここ最近アリスと一緒にいる時間がめっきり減っていた。そう考えるとあれは妹なりの抗議だったのだろう。

 教師になった今、以前に比べれば構ってやれる時間も増えるだろう。だからと言って、公衆の前でラブラブ兄妹アピールは勘弁してほしいけど。

 久しぶりに妹に会って安心したのだろう。妙な予感は嘘のように霧散した。結局ただの気のせいだったようだ。

 それがなんだかおかしくて。

 ちょっと、ほんの少しだけ、笑った。




日本 国際奇蹟学院 理事長室

□乃伊弥能


 扉を2回ノックする。


「どうぞ」


 静かな声だが良く響く。まるで腸を掴まれた気分だ。ぞくぞくはするが、それはあまり心地よくない類のものだ。


「失礼します」


 扉を開けて中に入る。そこには初老の男性がカップを片手に応接用のソファに坐していた。イタリアの老舗しにせで仕立てたであろう高級スーツと整髪料で固めたオールバックでばっちり決めている。

 なまじ実力を持つとこういうときは嫌になる。こちらを見る顔こそ穏やかだが、彼から放たれる圧が声を掛けられる時以上に尋常じゃない。下手すると局長かそれ以上の力があるんじゃないか……!?

 男はカップをソーサーにのせた後、立ち上がってにこやかに応じる。その瞬間、部屋を支配していた圧は霧散した。


「驚かせてすまないね。突っ立っているのもなんだから、そこのソファにでも座ったらどうかね」

「いえ、私は立っている方が落ち着くので、どうぞお気遣いなく」

「そうされると私が心苦しい。ここは年長者の顔を立てると思って座ってくれないかね」

「……では、お言葉に甘えて」


 本当に心苦しい表情されたらそうするしかないじゃないか。

 僕は言われた通りに、向かい合わせのソファに座った。


「では改めて。私が理事長の荒賀木だ。よろしく。噂はかねがね聞いているよ」

「乃伊弥能です。よろしくお願いいたします」

「うん。期待通りの人物だ。これは俄然面白くなってきた」

「はい…?」

「いや何、君の活躍を期待しているよ、って事さ」

「はあ」


 気になる言い方だな。

 なんか思ってたのより厄介そうなものを放り投げやがって、あの爺。


「さて、こうやって腰を落ち着けるように言ったのは他でもない。実は折り入って君に頼みがある」


 ほら来た。


「実は最近困ったことがあってね。この学院が始まって以来の問題らしい問題だ」

「学び舎という性質上どうしたって問題は付き物だと思われます。むしろ今まで問題が起こらなかったという事自体奇跡に等しく、それほど理事長の手腕が優れていたということでしょう」

「ははは、嬉しい事を言ってくれる。しかし私の手腕なぞ些末な事だ。失踪事件が起きた。それが何より私にとって重い事実だ」


 彼は単刀直入に本題に入ると、彼は机に両肘を立てて寄りかかり、額を両手にのせた。表情は見えないが、落ち込んでいるのは分かる。


「事件が起きたのは二年前。最初は子供の悪戯だと思っていたのだ。だが、次の日には二人、またその次の日は三人と日を追うごとに失踪者は増え、私の耳にまで届く事態になった時分には既に15人が行方不明になっていたという」


 ここまでは良いかな、と荒賀木は確認してきた。僕は頷いて先を促した。


「さて、忌々しいのはここからだ。私は捜索に本腰を入れた。具体的には我が学園の生徒でない『幻想狩り』を総動員した。本当はWAEOに協力を要請したかったが、生憎と当時は人員が足りなくて寄越せなかったらしい。子供とはいえ『幻想狩り』の候補だ。並の人間にはさらえまい。よって私たちは『幻想エニグマ』によるものだと考えたからだ」

「だけど見つからなかった。そうでなければ僕にわざわざこんな事を話さない」

「そうだ。手前味噌になるが、私たちは君と同じ出自の者が多く、それなりの経験を積んだエキスパートだと自負している。なのに私たちの捜査網にかすりもしない!」


 唐突な大声に思わずビクッとしてしまう。


「……しかし抑制する効果は一応あったようだ。捜索が始まって以降新たな行方不明者が出る事は無かったのでね。そうして進展のないまま、5日が経った。一人が帰ってきたのだ。無事とは言い難いがそれでも五体満足で帰ってきたのだ。その時の私たちの喜びは君には分かるまい。その日を境に私は捜査を打ち切った。これ以上の進展は得られないと判断したからだ。何より私たちは元エージェントとはいえ、今は教職員だ。これ以上業務に支障をきたすのを避けたかったというのもある」

「なるほど。話を聞く限り、事件は未解決のままですが、一応収束したように感じました。仮に私に調査を依頼しても同様に成果を得られないでしょう」

「そうとも限らない」

「ほう?随分と断定的ですね。何か心当たりでも?」


 すると彼は待ってました、と言わんばかりに面を上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「ようやく尻尾を掴んだのさ」


 彼は立ち上がり、デスクの引き出しから何か引っ張り出したかと思うと、ファイルを差し出してきた。目を通してみろ、という事か。


 ファイルを開いた。

 流し読みしようとして、めくった手が、1ページ目から止まった。

 偶然だ。そうに違いない。

 そう思いながら、震える手で、ページをめくる。めくる。めくる。

 気付けば最後までめくっていた。

 息が荒い。頭が痛い。まるで鈍器で殴られたようだ。


「こ、これは……!?」

「ふ、やはり期待通りだ。君にこの依頼を断ることは出来ない。なぜなら君にとっても無関係ではいられない話だからだ」


 正確には君の妹の方だがね。まあ君にとっては君自身の事と同義だろう?そう言うと、彼は再び立ち上がり手を差し出し、握手を求めてきた。


「これからよろしく頼むよ。乃伊弥能君」

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