第一章 『被告人サンゴの裁判』⑥
「分かりました。では、これより最終弁論へと入ります。コーリー君は、論告を行ってください」
「はい」
ミケコの呼びかけにコーリーが返事をする。
彼は言った。
「この裁判において、被告人、青井サンゴは、“大嘘つき”であると判明しました。ゆえに、彼の弁明を考慮する必要は一切ありません。友達になりたがっていた成木リンゴさんを無視したことも、もはや疑いようのない事実であると確信しています。そこで、検察としては、『お友達法』七四四三条に基づき、被告人を、お尻ペンペン百回の刑に処することが相当であると考えます。……しかし」
「しかし?」思わぬ逆接が飛び出し、教室が少しざわめく。
それを気にする様子もなく、コーリーは続けた。
「しかし、今回の裁判でサンゴ君は嘘をつきました。嘘をつくというのは、動物として最も恥ずかしい行為。『お友達法』にも抵触するため、断じて許すわけにはいきません。よって、検察は、被告人の嘘についても罰を与えるべきであると考えます」
「それは、つまり……」
ミケコが、ごくりとつばを飲みこむ。
そんな彼女にひとつうなずいて見せ、コーリーは言った。
「そうです。七四四三条に加えて、『お友達法』一条、“嘘をついてはいけない”に基づく罰も、被告人に科す必要があると考えるのです。そして、『お友達法』一条に違反した場合の罰は、死刑以外にありません。よって、ここに検察は、被告人に対し、『お友達法』七四四三条と一条とを合わせた罰、“お尻ペンペン百回を与えた上での死刑”を求刑します!」
「死刑」短くも大きな意味を持つその単語に、サンゴは肩をこわばらせた。
そこに、間髪を容れずにミケコが告げる。
「それでは、これより、判決に移ります。判決では、裁判官の私と検察官のコーリー君、それとラビ先生を除いた皆さんの全員一致により、有罪無罪を決定します。……それでは、参ります。被告人、青井サンゴを“お尻ペンペン百回を与えた上での死刑”とすることに賛成の方は、挙手をお願いします」
「賛成!」
大きな返事とともに、たくさんの動物達の手が挙がる。
ミケコはその数を勘定した。
「分かりました。では、反対の方は挙手をお願いします」
「……」
先ほどとは打って変わって、今度は教室がしんと静まる。誰一人、いや、誰一匹として手を挙げる動物はいなかった。
「決まりですね」
勝利を確信し、コーリーが微笑む。
ところが、肝心要の裁判官、ミケコは、結果を発表しようとはしなかった。教室の後方を、ただじっと見つめているだけである。
「どうしたんですか?」
しびれを切らしてコーリーがたずねると、ミケコは、戸惑うような顔をして答えた。
「それが、レオ君がどちらにも手を挙げていなくて……」
「レオ君が?」
コーリーは、ミケコと同じく廊下側の一番後ろの席へと目をやった。
そこにいたのは、百獣の王、ライオン。立派なたてがみが王者たる風格を感じさせる、雄のライオンだった。
「レオ君。どうしてどちらにも手を挙げなかったのですか?」
そうコーリーが問う。
するとレオは、太い腕を組み、いきなり低いうなり声を上げ始めた。
前方の席の小動物達を中心に、教室に戦りつが走る。
「ちょ、ちょっと、レオ君。威嚇はやめてもらえますか。チュー太君やハム子ちゃんがおびえてしまいますから。それに、正直、私も怖いです」
ミケコが全身を震わせる。
そんな彼女の視線の先で、レオはおもむろに口を開いた。
「うーむ、困った」
「え? 何が?」
「決まっているだろう。死刑にすべきか、せざるべきか。その判断がつかず、困っているのだ」
彼が発したうなり声。どうやら、それは威嚇ではなく悩みの声だったようだ。
ほっとしつつ、ミケコはたずねた。
「何故、そこまで判決に悩みを?」
「確かに、嘘をつくことは『お友達法』の一条で禁止されている。しかし、それは、“相手をおとしいれるための嘘”や“自分を守るためのごまかし”を禁止するという意味だ」
「そのとおりです」
「ところが、嘘の中には悪意のないものもある。例えば、“相手のことをかばうためにつく嘘”がそうだ。他には、“相手が嘘だと勝手に判断してしまう嘘”というのもある。こちらは、一般的に“誤解”と呼ばれるものだ。そして、それらの嘘のうち、いったいサンゴは“どの嘘”をついたのか。それが分からんから、悩んでいるのだ」
「なるほど。被告人が嘘をついているのは間違いない。でも、その理由によっては、『お友達法』に触れない可能性もある。そういうことですね?」
「そうだ」
レオは、腕を組んだまま小さくうなずいた。
そこに、コーリーが割って入った。
「サンゴ君がついた嘘は、“自分を守るためのごまかし”です。決まっているでしょう」
「どうして、そう断言できる?」
泰然としながらも鋭いレオのまなざしが、ミケコからコーリーへと移った。
「それは、サンゴ君が勇気のない人間だからです。勇気の塊ともいえるライオンの貴方なら分かるかと思いますが、“相手をおとしいれるための嘘”や“自分を守るためのごまかし”などという卑怯な手は、勇気のない者しか使いません」
「ふむ。それは一理あるな」
悩んでいた割には、案外素直にレオが同意する。
「よかった。分かっていただけましたか。では、レオ君も、サンゴ君の死刑に賛成ということでよろしい……」
「いや、そうじゃない」
コーリーの言葉を遮って、レオは太い首を横にふった。
「では、どういう意味ですか?」
「俺が一理あると言ったのは、“勇気のない者だけが卑怯な嘘をつく”とする考え方だ。そして、それは恐らく正しいだろう。そこで、俺から提案がある」
「提案ですか? どんな?」
警戒するように目をすうっと細めるコーリーに、レオは言った。
「サンゴを試すのだ。試練を与えることで、サンゴが本当に勇気のない人間なのかどうかを判断するのだ」
そのとたん、コーリーは大声で笑いだした。
「ほう、それは面白い。ですが、彼は、勇気がないことを自ら認めているのですよ。今さら何をやっても同じではないですか?」
「さて、それはどうかな。サンゴが自分を勇気のない人間だと判断したのは、もう十日も前のことだ。“男子三日会わざれば刮目して見よ”との言葉もある。結果がどうなるかは分からんぞ」
レオも笑みを浮かべて返す。
「まぁ、いいでしょう。その代わり、サンゴ君が試練とやらに失敗した場合は、レオ君も死刑に賛成してもらいますよ」
「あぁ、無論だ」
そうレオが約束すると、教室全体を見回してコーリーは確認した。
「皆さんも、それでよろしいですね」
もともとサンゴの死刑に異を唱えている動物は、レオ以外にいない。
「それでレオが納得するんだったら、別に俺は構わねぇよ」
そんなタイガの言葉を切っ掛けに、「私も」、「僕も」と他の動物達も同意した。
「全員一致だな」
そう言うと、レオはやおら椅子から立ち上がった。
そのまま教室の前方へと歩き、サンゴの前に立つ。
たてがみ揺れるその顔を、ずいと近づけ、レオは言った。
「サンゴ。話は、聞いていたな?」
わずか十五センチメートルほどの距離に、ライオンの顔。動物園の飼育員にでもならなければ経験できないその状況に、サンゴは、
「は、はひ」
と、返事とするにはあまりにもお粗末な言葉を返した。
おびえるサンゴの眼前で、牙を光らせレオは続ける。
「今からお前には、勇気を示す試練へと向かってもらう。行く先で何があろうとも決して逃げるな。逃げ出せば即刻この場へと戻され、それは、同時に死刑を意味することになる。分かったな?」
たとえどこに行くことになろうとも、今より恐ろしい目に遭うことは絶対にない。そう判断したサンゴは、こくりと小さくうなずいた。
「では、武運を祈る」
そう告げるとレオは、突然、右腕一本でサンゴを担ぎ上げた。
「ひいいいい」
サンゴの悲鳴が、教室にこだまする。
だが、それを気にすることなくレオは、ドアの前まで彼を運んだ。
学校ならではの引き戸を彼が左手で開く。
そこにあったのは、廊下……ではなく、闇。向こう一面にただただ広がる、漆黒の闇であった。
「う、宇宙?」
レオの体越しに見える真っ暗な光景に、サンゴがつぶやく。
そこに、彼にしか聞こえぬほどの小声でレオが語りかけた。
「いいか、よく聞け。勇気を持つことも友達を作ることも、全ては自分次第だ。自ら考え、行動しなければ、何も変わらない。忘れるな。他者に変化を求めるよりも、先ずは自分が強くなれ」
「えっと、あの、……うん」
レオに合わせて、サンゴも戸惑いながら小声で返事をする。
「さあ、行け。お前の心の中にある本当の勇気を、俺達に示せ」
最後にそう言うと、レオは、闇に向かってサンゴを放り投げた。
「……え?」
一瞬驚き、目を見開くサンゴ。
その直後、
「うわあああああ」
彼は、叫び声を上げながら闇の中へと落ちて行った。
サンゴの姿はすぐに見えなくなり、声も聞こえなくなる。
レオは、そっと引き戸を閉めた。
ご訪問、ありがとうございました。
これにて第一章終了。次話より第二章となります。
次回更新は、8月8日(火)を予定しています。