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かくれんぼ  作者: 直井 倖之進
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第一章 『被告人サンゴの裁判』⑤

「くうううっ。マサヤって、いいやつだな! 俺は感動したぞ!」

 まるで青春映画でも見終えたかのように、タイガがそんな感想を口にする。

 他の動物達も、皆一様にうなずいた。

「それに比べて、サンゴ。お前は駄目だ!」

 いよいよ感極まったか、立ち上がってそんなことまで言う。

 これにも、他の動物達全員が同意した。

 そこに、コーリーがたずねた。

「さて、サンゴ君。今の映像に間違いはありましたか?」

「……いいえ」

 サンゴは首をふって見せた。

 そう。コーリーが見せた夏休み初日のサンゴの様子。それは、全て正しいものであった。気にかけ、心配してくれている同級生がいたにも拘らず、「仲間に入れて」のひと言が言い出せなかった自分。そんな自分に、サンゴは、「僕に、ほんの少しだけでも勇気があったならば……」と、(こう)(かい)していたのである。

 「そうなんだ。誰かが話しかけてくれるのを待っているだけでは駄目なんだ。それだと、自分はいつまで経っても弱いままだから。友達は、勇気を持って声をかけて、自分の力で作っていかなきゃ駄目なんだ」サンゴの心の中で、今、後悔が反省へとその形を変え始めた。

 そんな彼に、コーリーが言った。

「これよりのち、貴方は、夏休み二日目から今日までの約十日間、毎日欠かさずにかくれんぼの練習をしています。それは、次にマサヤ君達と会った時に仲間に入れてもらうため。そうですよね?」

「うん」

 サンゴは小さくうなずいた。

「まぁ、僕に言わせてもらえば、貴方が本来やるべきことは、かくれんぼの練習ではなく、人との会話の練習だと思いますけど、それはいいでしょう。友達がいないことと同じく、努力の仕方を間違えることも、『お友達法』に違反するわけではありませんから。ただし……」

 コーリーは、そこで一度言葉を切った。

「ただし、何ですか?」

 裁判官のミケコが先を促す。

「はい。ただし、ここまでについては、先ほども言ったとおり、あくまでも被告人が勇気のない人間であることの証明です。しかしながら、これから僕が話をするのは、『お友達法』に関わる内容。サンゴ君が犯した罪についてです。今回の裁判の本質となるものですので、よく聞いておいてください。特に、サンゴ君。(かく)()はよろしいですか?」

「え、えっと。……うん」

 何の覚悟かよく分からないながらも、サンゴはそう返事をした。

 一方、ここからが一番の見せ場となるコーリーは、少し語気を強めて言った。

「サンゴ君。貴方は、自分に友達がいない理由を、勇気がなかったからと(ぶん)(せき)しました。そして、僕はそれに、そのとおりですと答えた。しかしながら、実はそれは正解の半分です。百点満点のテストであれば、五十点でしかないのです」

「つまり、サンゴ君に友達がいないのは、勇気がないという理由だけではない。そういうことですか?」

 ミケコが問う。

「そうです。サンゴ君に友達がいない理由は、もうひとつ存在するのです」

 コーリーは、手ですっとサンゴを示しながら続けた。

「それは、彼が、オオカミ少年も裸足(はだし)で逃げ出してしまうほどの“(おお)(うそ)つき”だからです!」

「……は?」

 サンゴは、大きく口を開いた。

 他に形容しようのない、完全に(あっ)()にとられた時の表情である。

 確かに、「青井サンゴは、これまで一度も嘘をついたことがない」と言ってしまえば嘘になる。

 しかしながら、それは親から、「新しい学校で友達はできた?」と聞かれ、思わず、「う、うん」と返事をしてしまったといった具合の、(きん)(きゅう)(かい)()(てき)な嘘。“大嘘つき”とそしられる(たぐい)のものではなかったのである。

 さらに言ってしまうならば悲しくも、そもそもサンゴには、嘘をつけるほどに仲のよい友達自体が存在しない。同級生との挨拶でさえどぎまぎしてしまうほどの彼が、どうして“大嘘つき”になどなれようか。

 だが、教室にいる動物達はそうは取らなかったようだ。「お前なぁ、嘘をつくのは、動物として一番やっちゃいけないことなんだぞ」、「だから人間は信用できないんだよ」などの刺々(とげとげ)しい言葉が、一斉にサンゴへと向かって飛んでくる。

(せい)(しゅく)に!」

 そう大きな声で場を(しず)めてから、ミケコがサンゴにたずねた。

「サンゴ君。コーリー君は貴方のことを“大嘘つき”だと言ってるけど、それは本当なの?」

 正直者であっても嘘つきでも、「貴方は嘘つきか?」と問われれば、返事は決まっている。

 もちろん、サンゴも、

「ううん。僕は嘘つきなんかじゃないよ」

 と答えた。

「分かったわ。それでは、コーリー君にたずねます。検察側は、被告人が“大嘘つき”であるという決定的な(しょう)()を出せますか?」

 ミケコが今度はコーリーに聞く。

 コーリーは、犬には似合わぬ不敵な笑みを()かべて言った。

「証拠なら当然ありますよ。というより、皆さんは、既に彼の嘘をその耳で聞いているはずですが」

「え? それって……」

「はい。サンゴ君は、この裁判中にも嘘をついています」

「えっと、いつ?」

 裁判官であることも忘れ、ミケコは、これまでを思い出すように丸い瞳を宙に向けた。

 他の動物達も、皆、似たような行動をし始める。

 その様子に、コーリーは、満足そうにくすりと微笑んだ。

「おやおや、皆さんはサンゴ君の嘘に気づかなかったようですね。しかし、検察官の僕はそんなに(あま)くはありません。残念でしたね、サンゴ君」

「何のこと? 僕、嘘なんてついてないよ」

 ()()()()()なこの世界に飛ばされてから今まで、全てを(いつわ)りなく話してきた。そのことを誰よりもよく知っているサンゴは、そう反論した。

 しかし、コーリーの表情は変わらない。

「嘘つきほど、自分は嘘つきではないと主張するものです」

 と軽くいなす。

 そこに、ミケコが(たの)んだ。

「コーリー君。色いろと考えてみましたが、私も降参です。サンゴ君が裁判のどこで嘘をついたのか、皆に分かるよう説明していただけませんか?」

 学級委員にも解けぬ(なぞ)を解いた。その優越感からか、コーリーは、ほおを(ゆる)ませながら答えた。

「おや、ミケコさんまでもが降参ですか。仕方ありませんね。では、思い出してみてください。彼が嘘をついたのは、僕が起訴状を朗読して、ミケコさんがサンゴ君に罪を認めるかどうかの確認をした時です。あの時、僕は、“青井サンゴは、神社の境内において、同じ小学四年生である成木リンゴさんが遊びに誘おうとしたにも拘らず、これを無視しました”と起訴状を読み上げました。そして、その後、ミケコさんがサンゴ君にたずねた」

「“サンゴ君。今のコーリー君の話に、誤りなどはないかを答えなさい”。確か、そう言いました」

 ミケコが、過去を思い返しながら彼のあとを続けた。

「そのとおりです。それに対し、サンゴ君はこう答えた。……サンゴ君、何と言ったか覚えていますか?」

 そうコーリーに問われ、サンゴは、その時の言葉をそのまま告げた。

「“成木リンゴなんて女の子のこと、僕、知らない”、って」

「え? 何ですか? もう一度、大きな声でお願いします」

 自分の長い耳に手を()え、コーリーが促す。

 サンゴは、少し声を張ってくり返した。

「だから、“成木リンゴなんて女の子のこと、僕、知らない”、って」

「なるほど。そうですか。サンゴ君は、成木リンゴという“女の子”のことを知らないんですか。そうですか」

 (しら)々(じら)しくもコーリーは、“女の子”の部分をやたらと強調しながらうなずいて見せた。

 すると次の瞬間、ミケコが(さけ)んだ。

「分かった! 分かりましたよ、コーリー君。サンゴ君のついた嘘が!」

 あまりに大きなその声に、他の動物達が注目する。

 彼女は、続けた。

「コーリー君は、成木リンゴさんのことを、“小学四年生”としか言っていない。それなのに、サンゴ君は“女の子”だと知っていた。これって、おかしいです」

 にやりと笑い、コーリーは答えた。

「さすがはミケコさん。そのとおりです。成木リンゴさんなど知らないと主張するサンゴ君なのに、その性別についてはきちんと言い当てている。つまり、彼は成木リンゴさんに会ったことがある。嘘をついているということになるわけです」

 「……なるほど」と、動物達がうなずいて見せる。

 ミケコは、学級委員としての(めん)(ぼく)が保てたことに(あん)()の息をついた。

 もはや誰も口を開こうとなどはしなかった。その代わり、全ての視線がサンゴへと集まる。

 鋭く、冷たく、さげすんだようなまなざし。まさに、無言という名の圧力である。

 そして、それは、“サンゴ=嘘つき”という式と答えが、本人の意思とは無関係に成立してしまったことを意味する何よりの(あかし)でもあった。

「あ、あの、僕、成木リンゴって子のこと、本当に知らないんだ。リンゴという名前だったから、何となく女の子だと思っただけで。それに、リンゴさん、なんて“さん付け”されたら、女の子だと考えるのが()(つう)じゃないか。ねぇ、信じてよ」

 動物達に向かって、サンゴが必死の弁明を行う。

 だが、現在、彼の信用は完全にゼロである。その声は、(むな)しく教室に響くだけだった。

 あきれ顔とため息に包まれる室内で、コーリーが言った。

「もういいですよ、サンゴ君。はっきり言って、見っともないですから。いいですか? 世の中には、“カオル”や“ヒトミ”という名の男性がいれば、“マコト”や“ユウキ”という名の女性もいます。名前だけでその人の性別を判断するのは不可能なのです。それに、(けい)(しょう)(あい)(しょう)を意味する、いわゆる“さん付け”にしてもそうです。貴方は、“さん付け”されれば女性だと考えるのが普通だと言った。しかし、“看護師さん”や“保育士さん”は全員が女性でしょうか? 違うでしょう。さらにつけ加えるなら、(かく)(かい)(りき)()を意味する“お相撲(すもう)さん”に至っては、全員男性ですよ」

「……」

 最後の弁明さえもやすやすと論破され、サンゴは、反論の余地をなくしてだまりこんだ。

 そこに、大きな欠伸(あくび)をしながらタイガが提案する。

「おい、ミケコ。証拠調べはもう(じゅう)(ぶん)なんじゃないのか? サンゴが嘘つきだってことははっきりしたんだし、とっとと先に進めようぜ」

 どうやら彼、裁判そのものに飽きてしまったようである。

 しかしながら、証拠調べが十分だとの判断については誰もが同じであったらしい。他の動物達からの反対意見は出なかった。

 ご訪問、ありがとうございました。

 次回更新は、8月5日(土)を予定しています。

 なお、次話で第一章終了です。

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