第一章 『被告人サンゴの裁判』③
「被告人、青井サンゴは、小学四年生の九歳です。家族は、父親と母親。生まれてからずっと東京に住んでいたのですが、先月、父親の仕事の都合で、現在住む街へと移りました。引っ越しは、六月三十日の日曜日。新しい学校には、七月一日より通い始めています。因みに、今日は七月三十一日ですので、転校してからちょうどひと月となるわけです」
動物達から、「へぇ」や「ふーん」といったあまり興味のなさそうな相槌が聞こえてくる。
しかし、サンゴは違った。その心境は、びっくりなどという生易しいものではなく、驚愕と表現したほうが適切であった。家族構成や引っ越しの日など、その全てが正しかったのである。
そして、サンゴの驚愕は、続くコーリーの言葉によって表現できないレベルまで高まることとなる。
コーリーは言った。
「さて、そんな転校してひと月になる被告人ですが、なんと、彼には未だに友達と呼べる人間がいません。驚くべきことに、ただのひとりもいないのです。そうですよね? 青井サンゴ君」
「ど、どうして、そんなことまで……」
サンゴは唇をふるわせた。
「何故、知っているのか。それは、僕が検察官だから、としか返答のしようがありません。そんなことより、被告人は答えてください。貴方には友達がいない。そうですよね?」
くり返されるコーリーの質問に、サンゴは、顔を伏せてだまりこんだ。
されども、裁判とは非情なものである。相手の弱みを突くのは定石だ。
コーリーは、しつこく追及した。
「答えてください。友達、いるんですか? いないんですか?」
これに折れる形となったサンゴは、かすれる声でかろうじて答えた。
「友達は、……いない」
気にしていることを指摘されるのが、こんなにも辛いものだったとは。彼は、胸の真ん中を大きくえぐられたかのような、耐え難い心の痛みを感じていた。
それに追い打ちをかけるかのように、動物達から、「え? 嘘だろ?」、「友達がいない人間なんて、初めて見たよ」などの感想が次々に聞こえてくる。
その反応に手ごたえを感じたコーリーは、先ほどよりさらに一歩前に出て口を開いた。
「まぁまぁ、皆さん。被告人に友達がいないことを、そんなに責めないであげてください。友達がいなくても、別に『お友達法』に違反するわけではないのですから。それよりも大切なのは、“どうして、サンゴ君には友達がいないのか?”でしょう。そこで、僕はサンゴ君に聞きたい。サンゴ君、貴方にはどうして友達がいないのだと思いますか?」
じっとサンゴを見つめるコーリーと同様、教室中の動物達の視線も彼に集まる。
サンゴの脳裏に、あの日の出来事が鮮明によみがえった。
あの日、僕に、ほんの少しだけでも勇気があったならば……。
しばらくの沈黙のあと、消え入るような声でサンゴは答えた。
「それは、僕に勇気がなかったから。仲間に入れて欲しくても、僕は、一緒に遊ぼう、と声をかけることができない情けない人間だから」
それを聞き、眉ひとつ動かすことなくコーリーは言った。
「そのとおりです。貴方は、勇気のない人間、情けない人間です」
「……」
返す言葉なく、サンゴは口を閉ざした。
もはや完全なる戦意喪失。そんなサンゴに、コーリーは、一気に拍子抜けした顔となりつつ、それでも続けた。
「まぁ、本人が認めているので今さら必要はないかとは思いますが、一応、彼が勇気のない人間だと分かる証拠も用意しています。それでは、クマゴロー君、お願いします」
「おう。任せとけ」
コーリーに指示され、ツキノワグマのクマゴローが、教室の後ろから何やら大きく四角い物を担いで運んでくる。
「ほらよ」
彼は、それを教卓の前に、大勢の動物達のほうへと向けて置いた。
「何よ。裁判官の私に見えないんじゃ、意味ないじゃないの!」
ぶつぶつと文句を言い、ミケコが前へと回りこむ。そこにあったのは、百インチを越える巨大なモニターだった。
「ありがとうございます。クマゴロー君」
「なぁに、いいってことよ」
コーリーに手をふって見せると、クマゴローは颯爽と自分の席へと戻って行った。
彼が着席するのを待ち、コーリーは再び口を開いた。
「さて、これよりこのモニターでご覧いただくのは、今から約十日前、夏休み初日の映像です。友達のいないサンゴ君は、この日も独り寂しく神社で遊んでいました。覚えていますか? サンゴ君」
「……うん」
サンゴは小さくうなずいた。
夏休みの初日。それは、彼にとって、忘れようとしても忘れられるはずがない日であった。
何故なら、その日こそが、「僕に、ほんの少しだけでも勇気があったならば……」と後悔した“あの日”だったのだから。
「それでは、どうぞご覧ください」
コーリーがモニターのスタートボタンを押す。画面に、神社の境内の映像が流れ始めた。
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