第一章 『被告人サンゴの裁判』②
「よろしい。では、裁判の説明をするわね。まぁ、裁判と言っても、いくつか種類があるんだけど、これから行われるのは、刑事裁判、と呼ばれるものよ。知っているでしょう?」
「いや、知らない」
サンゴは正直に首を横にふった。
「本当に知らないの?」
驚くのを通り越し、ミケコはあきれたような顔になる。
それでも知らないものは知らないと、サンゴはうなずいて見せた。
「そうなの。刑事裁判っていうのは、有罪か無罪か。有罪ならば、懲役何年とか無期懲役とか死刑とか、そんなことを決める裁判なんだけど」
「あ、それなら知ってる」
「どっちよ!」
いきなりひっくり返ったサンゴの答えに、ミケコは大声を上げた。
そんな一人と一匹のやり取りに、他の動物達が一斉に笑いだす。
「貴方ねぇ、ふざけてるの?」
ミケコは、全身の毛を逆立ててサンゴを威嚇した。
「いや、そんなつもりじゃなかったんだけど、あの、……ごめん」
気の弱いサンゴが謝る。
だが、これはミケコが悪かった。刑事裁判の言葉は聞いたことがないサンゴでも、有罪や無罪、懲役、死刑などの意味は知っていたのである。
「ふん、もういいわ。金輪際、貴方に余計な質問はしないから。それで、その刑事裁判だけど、罪を犯したのではないかと訴えられている側が被告人で、訴えた側が原告、検察官よ」
「え? つまり、被告人の僕は、罪を犯したと訴えられているってこと?」
いきなり降って湧いた災難に、サンゴがその目を大きく見開く。
しかし、ミケコにしてみれば、彼の心情などに興味はないらしい。
「ようやく理解したのね。……はぁ、疲れた」
と、深くため息をつくだけだった。
このままでは犯罪者にされてしまう。そう思い、サンゴは続けて聞いた。
「それで、僕は、どんな罪を犯したことになってるの? まったく心当たりがないんだけど……」
「はあ? 貴方、それ、本気で言ってるの?」
今度はミケコが驚く番だった。彼女は、元から丸い目をさらに丸くした。
「だって、僕、犯罪者になるようなことなんて、何も……」
「へぇ、そうなの。やっていない、と言うのね?」
“猫の目”との言葉があるように、ミケコは丸い目をすうっと細く変えた。完全なる疑いのまなざしである。
だが、それでもサンゴは、
「うん。やってない」
と答えた。
「分かったわ。あくまでも罪を否認するのね。それならば、貴方を訴えた検察官と意見を戦わせ、見事、無罪を勝ち取って見せなさい。貴方の相手をする検察官は、コーリー君よ!」
ミケコは、教室中央の席を鋭い爪でびしっと示した。
「ようやく僕の出番ですか。まったく、待ちくたびれて眠ってしまうところでしたよ」
そう言いながら立ち上がったのは、長く鼻筋の通ったコリー犬だった。端正な顔立ちをしているのに加え、コリーだけにいかにも利口そうでもある。
そんな二枚目検察官コーリーは、姿勢正しく二本足で歩くと、ミケコの隣に立った。大勢の動物達の側から見れば、左からコーリー、ミケコ、サンゴの順番である。
これでいよいよ本格的に裁判が始まると、教室の動物達が少しざわめく。
それが静かになるのを待ってから、ミケコがサンゴに言った。
「サンゴ君。検察官であるコーリー君は、法律の専門家よ。そのため、本来ならば貴方にも、同じく法律の専門家である弁護士が味方につくのが筋なんだけど、残念ながらここにはいないわ。誰も貴方の味方をしたがらなかったから。そういうわけで、独りでがんばるのね」
「う、うん。分かった」
少し困り顔を浮かべながらも、サンゴはうなずいた。自分にどんな罪があるのかは分からないが、「やっていない」と主張するだけならできる。そう思ったのである。
「ふーん。よほど自信があるのか、それとも、裁判をなめているのかしら。まぁ、どちらでもいいわ。それではコーリー君、起訴状を朗読して下さい」
「はい」
返事をするとコーリーは、一枚の紙を取り出して読み始めた。
「こちらにいる被告人、青井サンゴは、神社の境内において、同じ小学四年生である成木リンゴさんが遊びに誘おうとしたにも拘らず、これを無視しました。リンゴさんは、とても傷つき、悲しい気持ちになったとのことです。これは、『お友達法』七四四三条、“友達になりたがっている者を無視してはいけない”に抵触するものであると考えます」
「なるほど。分かりました。それでは、サンゴ君。今のコーリー君の話に、誤りなどはないかを答えなさい。また、貴方には黙秘権があるので、答えたくなければ答えなくても構いません」
裁判官のミケコが、サンゴにそう問いかける。
即座に彼は答えた。
「やっぱり、僕に罪があるというのは何かの間違いだと思う。だって、成木リンゴなんて女の子のこと、僕、知らないから」
「コーリー君の話はでたらめだ。そう言うのね?」
ミケコが再度確認する。
「うん。そうだよ」
サンゴはきっぱりとうなずいた。
そのとたん、教室のあちこちから、「おい、被告人は何も知らないって言ってるぞ」や「あれだけしっかりと答えているんだから、本当に知らないんじゃないのか」などの声が聞こえてくる。
どうやら、サンゴの毅然とした態度は高評価だったようだ。
一方、その様子を面白くなさそうに見つめていたのは、検察官のコーリーである。
彼は、
「ミケコさん。被告人が罪を認めていないのは分かりましたから、早く先に進めてください」
と促した。
「分かりました。では、続いて証拠調べに移ります。コーリー君は陳述を行ってください」
「はい」
ミケコの呼びかけに返事をするとコーリーは、劣勢に立たされている現状を打破しようとの気持ちからか、一歩前に出て話し始めた。
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次回更新は、7月27日(木)を予定しています。