第三章 『“なかよし動物園”でかくれんぼ』⑥
リンゴの持つ時計の制限時間が三十分を切ったころ、二人は、“ふれあいの森”に着いた。
これまでの“大型動物エリア”や“猛獣エリア”と比べ、“ふれあいの森”は少しこじんまりしていた。周囲には目の細かい網が張られた檻がいくつか並び、中央の敷地では、イヌやネコ、ウサギやハムスターなどが、区分けされた柵の中で放し飼いになっている。どうやら、この敷地には入ることができ、動物達と直に触れ合えるようになっているようだ。
「サンゴ君にはもう必要ないんだろうけど、私は、最後のヒントが欲しいのよねぇ」
そうつぶやきながら、リンゴが網の張られた檻を見て回る。
すると、彼女は、一頭の目を引く動物の前で足をとめた。
「ねぇ、サンゴ君。レッサーパンダって、パンダと同じクマ科なの?」
「え? レッサーパンダがいたの?」
近くにいたサンゴが、急いでかけてくる。
「うん。ほら」
リンゴは、その檻を指さした。
そこには、赤褐色の体毛に帯模様の大きな尻尾が特徴的なレッサーパンダが一頭、確かにいた。
「本当だ。でも、どうして……」
戸惑うサンゴにリンゴがたずねた。
「ねぇ、どうしたの? この子がいると、何か都合が悪いの?」
小さく首をふって彼は答えた。
「いや、逆だよ。レッサーパンダは、レッサーパンダ科なんだ。そして、その“科”の動物は、他にいない」
「それで、教室にこの子は?」
「いなかった。間違いないよ」
サンゴは、そう断言した。
「じゃあ、最後のヒントを持っているのは、この子ってことね」
リンゴがレッサーパンダに向かって右手を差し出す。続けて彼女は言った。
「ヒントちょうだい!」
それを聞いたレッサーパンダは、母親の声を聞いた子供のようにリンゴへと走り寄り、檻と地面との小さなすき間から白い封筒を両手で渡してきた。
「か、……可愛い! ありがとう!」
その仕種に大喜びで、リンゴは封筒を受け取った。
「さて、最後のヒントは……」
彼女が封筒を開く。中の紙には、“私は、小さいけれど大きいです”と記されていた。
「小さいけれど大きい? ……分かった! サンゴ君。私、犯人が分かった!」
リンゴが、晴れ晴れとした顔をサンゴに向けてくる。
「教えて」
そうサンゴが頼むと、彼女は少しもったいぶった様子で告げた。
「あのね、サンゴ君。犯人は、ミケコちゃんよ」
「え、……えっと、どうして?」
サンゴが目をぱちくりさせる。
だが、それでも彼女は、自信たっぷりに持論を展開した。
「私ね、最後のヒント、“私は、小さいけれど大きいです”で分かったの。だってミケコちゃん、体は小さいけど態度は大きいでしょう?」
そのとたん、サンゴは思わず吹き出した。
「あ、笑うなんてひどい。私、真剣に考えたのに」
リンゴが頬を膨らませる。
「ごめんごめん。でも、それってミケコちゃんが聞いたら怒ると思うよ」
サンゴは、中央の柵へとちらりと目をやった。案の定そこでは、一匹の三毛猫が、毛を逆立ててこちらを威嚇していた。
「それもそうね。でも、それならサンゴ君は、いったい、誰が犯人だと思うの?」
リンゴが、そうサンゴに問う。
彼は、早いうちから思い至っていた推理を話し始めた。
「今回の僕達の試練、かくれんぼなんだけど、それを成立させるためには、先ず、教室の動物達をこの動物園に移動させる必要があったんだ。そして、その動物達が僕達に余計な話をしないよう“人間の言葉が話せない普通の動物”に変える必要もあった。ここまではいいかな?」
「うん、それは分かる。だって、実際そうなっていたんだから」
「そうだね。それで、ここからが大事なんだけど、リンゴは、最初にもらったヒントの内容を覚えてる?」
「もちろんよ。“私は、ひとり”って、書いてあった」
リンゴはわけなくそう答えた。
「正解。それでね、その時、リンゴはこう言ったんだ。“つまりは、単独犯というわけね”と。その言葉で、僕は、かくれんぼをしている動物が誰なのか分かった」
「私の話が解決の役に立ったってこと? でも、どうして?」
「レオ君が僕に与えた“又田病院”での試練。それは、レオ君が実行者で、他の皆はそれを見る、いわば観客だったんだ。だから、僕は今回も“誰かひとりが試練を与えて、他の皆はそれに協力している”そう考えていたんだ。でも、君から“単独犯”って言われて、それは違うんだって気がついた。だって、相手は犯人なのに、他の動物達がそれに協力するなんてありえないからね。つまり、今回の実行者はひとりだけど、その他の動物達は何も知らなかったんじゃないか。そう思ったんだ」
「なるほど。でも、それだけでは犯人は絞りこめないわ。ミケコちゃんかも知れないじゃない」
あくまでも“ミケコ犯人説”を推したいのか、リンゴはそんなことを言う。
だが、サンゴはそれをすぐに否定した。
「いや、ミケコちゃんには無理なんだ。彼女は、レオ君を恐れていたからね。それなのに、そんな彼を意思とは無関係にここへ連れてきて、さらに言葉を奪うなんてできるはずがないんだ」
「え? ミケコちゃんって、レオ君を怖がっていたの? 彼女、タイガ君にも平気で意見するから、怖いもの知らずなんだって思ってた」
今さらのようにリンゴは驚いた。しかし、これは無理もない。ミケコがレオにおびえる姿を見せたのは、サンゴが“又田病院”へ行くよりも前の話だったのだから。
「そうか、リンゴはそのことを知らないんだったね。僕より情報が少なかったんだから、解決できなくたって当然だ」
そうサンゴがフォローすると、リンゴは気にする様子もなく首をふった。
「いいの。でも、そう考えると、犯人はレオ君より強い女の子ってことになるわ。しかも、小さいけれど大きい動物。そんな動物、教室にいたかしら?」
「うん、いたよ。女の子って言い方は、間違いかも知れないけど」
「え、それって……」
リンゴの頭の中に、“あの動物”の顔がはっきりと浮かんだ。
「そう。それは、子ヤギぐらいの大きさでピンク色。本当の姿よりも大きかったから、ヒントに“私は、小さいけれど大きいです”って書いたんだ」
彼のあとをリンゴが続ける。
「それと、動物なのに“私は、ひとり”って、人間のような言い方をしていたのは、その本当の数え方が特徴的で、すぐに分かってしまうからなのね」
「そういうこと。“あの動物”の本当の数え方は、一羽、二羽だ」
「つまり、犯人は……」
二人は声をそろえて言った。
「ラビ先生!」
そのとたん、まるで二人に声援を送るかのように、園内の動物達が一斉に鳴き声を上げ始めた。
「さぁ、行こう」
サンゴがリンゴの手を取り、走り出す。
二人は、中央の敷地にあるウサギのいる柵へと入った。
「サンゴ君。これで全て終わりよ。最後は、貴方の手で終わらせて」
リンゴが、彼に物語の終焉を託す。
サンゴは、ピンクのウサギを指さして言った。
「ラビ先生、見ぃつけた!」
ご訪問、ありがとうございました。
こちら、九州は福岡でも、朝の気温が下がりだし、少し肌寒さを覚えるようになりました。
3連休まであと少しです。お互い、頑張りましょうね。
次回更新は、連休初日、9月16日(土)を予定しています。




