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かくれんぼ  作者: 直井 倖之進
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第一章 『被告人サンゴの裁判』①

               

              第一章 『()(こく)(にん)サンゴの裁判』


「なぁ、先生。(うで)一本だけでいいから、()っていいか?」

()()よ、タイガ君。裁判が終わるまでは、何があっても傷つけちゃいけない決まりになっているんだから」

「何だよ。(めん)(どう)くさいなぁ。それにしても、全然起きねぇよな、こいつ。あ、そうだ。ミケコ、お前、ちょっとこいつの指、かじってみろよ。学級委員なんだからさ」

「学級委員は関係ないでしょう。でも、じっと待っているだけなのは、確かに時間がもったいないわね。ラビ先生、どうでしょうか? 起こしても構いませんか?」

「そうねぇ。このまま放っておくとそのうちタイガ君に食べられちゃいそうだし、先生からもお願いするわ。ただし、()()をさせないように気をつけてね」

「はい。分かりました。では……」

 

「い、痛っ!」

 右手の人差し指に(するど)い痛みを感じ、サンゴは飛び起きた。

 何事があったかと自分の指を見てみるが、どこにも傷などはなかった。

「え、どういうこと?」

 首をかしげ、何とはなしに辺りを見回す。

 そのとたん、

「え、どういうこと?」

 彼は、もう一度くり返した。先ほどとは別の意味での、「え、どういうこと?」だ。

 逆様の少女とかくれんぼをし、拝殿の床下で気を失ったはずのサンゴ。

 それなのに、目を覚ましたそこは、教室だったのである。

 さらに、場所は教室でありながら、サンゴの周囲にいたのは数十の動物達。(いっ)(ぱん)家庭にもよくいるイヌやネコを始めとして、動物園でしか見ることのできないようなトラやライオン、ゴリラやサイに至るまでが、(みな)二本足で立ち、彼を取り囲んでいたのである。

「う、うわぁ!」

 (さけ)び声を上げると、サンゴは、大型の動物達に背を向けて、あたふたと四つん這いで()げ出した。

 逃げる先、正面にいるのはペンギンだ。これならば問題はない。サンゴは、その(わき)を通り()けようとした。

 だが、それをペンギンは許さなかった。フリッパーと呼ばれる(つばさ)を目いっぱい広げて、彼の前に立ちはだかったのである。

 ()(まど)うサンゴをにらみつけながら、大きくくちばしを開いてペンギンは言った。

「おい、どこに行くつもりだ? お前の裁判、まだ始まってもいないんだぞ」

「しゃ、しゃべった!」

 もう何が何だか分からない。サンゴは、あんぐりと口を開けて固まった。

 そこに、子ヤギほどの大きさをしたピンクのウサギが話しだす。

「さて、被告人も目を覚ましたことだし、始めましょうか。とは言っても、先生は裁判には参加できない決まりになっているから、裁判官はミケコちゃんよ。よろしくね、ミケコちゃん」

「はい、ラビ先生。任せてください」

 裁判官に任命された()()(ねこ)のミケコは、自信たっぷりに右手の肉球で自分の胸を(たた)いて見せた。

 こうして、当の本人は置いてきぼりにして、被告人サンゴの裁判は始まったのだった。


 どこの小学校にでもあるようなごく()(つう)の教室。(きょう)(だん)に立つのは、ミケコである。

 ミケコの(となり)にはサンゴが、いた、というより、強制的にいさせられていた。

 教壇から教室内へと目をやれば、小学生と同じように並んで着席した大小の動物達。前方に小動物、後方に大型の動物と、体の大きさ順で座っている。

 そんな彼らを前にして、ミケコは、裁判官らしく実に堂々とした態度でこう宣言した。

「それでは、これより、裁判を開始します!」

 教室に大きな(はく)(しゅ)が鳴り響く。

 それを手で制する動作をしてから、ミケコはサンゴに告げた。

「被告人は、名前を述べなさい」

「え、名前? ちょっと待って。それより、“ひこくにん”って、何?」

 まったく現状がつかめず、サンゴがたずねる。

 しかし、彼女は、(わずら)わしそうに彼を一瞥(いちべつ)し、

「うるさいわね。いいから、さっさと名前を答えればいいの」

 と(さい)(そく)するだけだった。

 取りつく島がないとはまさにこのことである。

 仕方なくサンゴは答えた。

「えっと、僕は、(あお)()。青井……サンゴです」

 そのとたん、教室中央の列、一番後ろの席にいるトラが大声で笑い始めた。

「青井サンゴ。アオイサンゴ、だってよ。変な名前。じゃあ、お前の姉ちゃんは(うみ)って名前じゃないのか? 青井海。アオイウミ、なんつってな。なぁ、(みんな)!」

 トラの呼びかけにつられて、他の動物達も笑いだす。

 変な名前であることは(じゅう)(ぶん)に承知しているサンゴは、何も言い返すことができずに顔を()せた。

 そこに、

「こら、タイガ君。名前を()鹿()にするのはいけないことだって、いつも言っているでしょう」

 そうラビ先生がたしなめる。

「ちぇ、分かったよ。悪かったな」

 言葉とは裏腹に全然反省していない様子で、タイガはそっぽを向いた。

 そんな彼から視線を(はな)すと、今度はそれを教壇のほうへと移し、ラビ先生は続けた。

「それから、ミケコちゃんもいけないわ。サンゴ君は、地球上で最も(おろ)かな動物、人間なのよ。しかも、まだ九歳の子供。被告人って言葉の意味なんて、知るわけがないでしょう。きちんと説明してあげないと」

「……すみません」

 タイガと(ちが)って、ミケコは素直に頭を下げた。

「それでは、お願いね」

「はい」

 きちんと返事もする。

 だが、その直後、真っ直ぐに前を向いたまま彼女は、ラビ先生には聞こえぬほどの小さな声でサンゴに言った。

「ちょっと、貴方(あなた)のせいで怒られちゃったじゃないのよ。これで私の成績が下がるなんてことになったら、私、貴方を許さないから」

「ご、ごめん」

「ふん」

 心から(けい)(べつ)した目でサンゴをにらむと、ミケコはクラスの皆に提案した。

「さて、本当ならばすぐにでも裁判を始めたいところなのですが、サンゴ君は、被告人という言葉の意味を知らないそうです。そこで、少し時間を()いて、彼に裁判についての説明をしたいと思うのですが、いかがでしょうか?」

 教室のあちこちから、「賛成」や「仕方ないな」などの声が上がる。先ほどラビ先生が忠告したからか、反対する動物はいないようだった。

「ご理解いただき、ありがとうございます」

 皆に礼を伝えると、ミケコは、その体をサンゴのほうへと向けた。

「いいこと? 一度しか言わないから、よく聞きなさい。……返事は?」

 彼に対しては、(ずい)(ぶん)(おう)(へい)な態度である。

 しかし、それでもサンゴは、

「うん」

 と返事をした。ネコ相手ならどうにでもなるとしても、教室の後ろにいるトラやライオンが怖かったのである。

 ご訪問、ありがとうございました。

 次回更新は、7月24日(月)を予定しています。

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